対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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前へ進めないとき

前に進めないとき何を考えていただろうか。

僕の場合は今日一日を振り返って、自分の症状がでたときの他人の反応や自分がどう見られていたかとか繰り返し考えていました。

そして、明日は大丈夫だろうか、明日はもう少し明るく振る舞って社交的になってみようか、今日の失敗を気にしていないフリは上手くできるだろうか、症状がでていないフリは上手く出来るだろうか、まずは明るくあいさつすることから始めてみよう。

そうやって、今日の反省と明日の自分の行動を考えることは多かったです。どうにかして、この状況から抜け出して、他者と上手く付き合っていく方法はないかと作戦を考えていたと思います。

今思うと、自分にウソをつく気満々でした。「明日こそはやってやる、違う自分で突き進もう」そんな感じでした。今の自分じゃダメなので、違う自分でいくしか方法がないと思っていました。

毎日そんなことの繰り返しだったように思います。繰り返していたということは、それが上手くいかなかったということだと思います。そして余計に疲れて大したこともしていないのに人一倍疲れ切っていました。

でも、しょうがなかったんだと思います。対人恐怖症なのでしょうがないですよね。

毎日毎日悩んだ結果、自分なりの答えだったと思います。それが間違っていたのか正しかったのか、プラスになっているのかマイナスになっているのかは、よくわかりません。

「自由に生きる」という意味では間違っていたと思いますし、「乗り切る」という意味では正しかったのかもしれないです。毎日毎日、同じところでつまづいて、前に進んでいなかったようにも思います。

どうやっても前に進めないとき、僕の場合は逃げました。人それぞれなので逃げなくても大丈夫な人もいると思います。

でも、僕は逃げた後、逃げっぱなしではなかったです。逃げた後は再チャレンジしていました。それでも前に進めずにまた逃げることもありました。そしたら、またチャレンジです。今は、「それが何回続いたっていいじゃないか」って思います。

最後は乗り越えられるんだから、何回逃げてもいいし、弱音を吐いてもいいし、他人のせいにしてもいい。「自分なりの生き方」が見つかるまでに時間はかかるものだと思います。それが2年の人もいますし、10年の人もいると思います。

逃げる場所は人それぞれでいい、逃げる時間も人それぞれでいい。

ただ、逃げたのなら、逃げっぱなしではなくて、自分のタイミングで再チャレンジするほうがいいと思います。上手くいかなかったらもう一度逃げればいいだけなので。

僕は何度も逃げています。でも、それは前に進むための逃げであって、逃げ切るために逃げたわけではないです。

どうしても無理なことを無理やり乗り越えようとして怪我をしたときに、誰か責任とってくれるのか、ということなのですが、誰も責任とってくれないので、自分の身は自分で守る必要はあると思います。なのでどうしても無理な場合は逃げることも必要だったりすると思います。

これをマイナス思考と考えるのか、「前向きな逃げ」と考えるのかは人それぞれだと思います。僕は「前向きな逃げ」だと思っています。

どうしても前に進めないときに、仮に「嫌われる勇気」があれば進めるのだとは思いますが、実際はそう簡単に嫌われる勇気を持つことは難しかったりします。「嫌われる勇気」という本を読んだ翌日からすぐに嫌われる勇気が持てるはずもなく、時間はかかると思います。

よく携帯のゲーム(将棋とかトランプ)で手詰まりになったら、もう一度やり直しますよね。それと比較して人生はやり直しがきかないとか言います。

でも、実際は人生は方向さえ変えれば、ゲームのようにいくらでもやり直しが出来ると思います。っていうか、方向を間違えていただけかもしれないです。

正しい方向はイコール「自分なりの生き方」であって、それを見つけるまでは何回でもリセットできるものだと思います。

「自分なりの生き方」を見つけるまでは辛い経験を繰り返すかもしれないですが、逆に言うと、「辛い経験」をしないと「自分なりの生き方」は見つけられないものなのかもしれないです。

他人に振り回されることなく、ある意味自由に、自分の人生を生きるための試練なのかもしれないです。

ダラダラと長い文章になってしまいました。読み直ししていないので誤字脱字あると思います。





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