対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

「目標は堂々と緊張する」ことの意味

前に、克服するために普段こころに準備しておく3つの言葉1,2,3を書きました。その続きです。

僕の場合の対人恐怖症の症状のことで視線恐怖症、表情恐怖症、赤面症に限ってのことです。自分の症状以外のことは分からないので書きたくても書けません。ごめんなさい。

当時、僕が一番困っていた事は、

1、症状がでるかもしれないと考えながら目的の場所へ行くこと
2、症状がでた時にどうすれば良いのか
3、症状がでた場合に周りに嫌われたかどうか考えて苦しくなる

こんな感じです。順番になっていて1,2,3の順番で悩み苦しんでいたと思います。行動する前から悩み、行動中に悩み、行動した後も悩んでいたと思います。それだったら1日中悩んでたんですねって聞こえてきそうですけど、そう言われるとそうですね、一日中悩んでいたと思います。

これが毎日続けば、そりゃしんどいですよねって事なんですが、それが対人恐怖症なのでしょうがないのかもしれないです。これは僕の場合ですけどね。辛さは人それぞれで、僕より軽い人もいるでしょうし、重い人もいると思います。

今思えば、僕は軽い方だったのかもしれません。自分では物凄く辛かったのですが、コメントを頂く限りでは軽い方だったのかもしれないと考えたりします。でも比べることが出来ないので分からないです。

対人恐怖症は人それぞれですけど、自分の場合はこうだった、ああだったと書いていけば、多分近い人には伝わるのかなって思いながら書いていますので、全違う場合は参考にならないと思います。その場合はごめんなさい。

症状がでるかもしれないと考えながら目的の場所へ行くことはありますよね。症状がでたときの辛い状況を思い浮かべて「行きたくない」と考えると思います。当然そうなると思うのですが、それでも行かなきゃイケない場合ってありますよね。

その時にどう考えるのが正解なんだろうと決断できなくなるので悩むのだと思います。辛いけど行かなきゃならない状況で、でも行きたくない、、、、、、。

僕の場合は視線恐怖症で周りに迷惑を掛けてしまうことは自分で理解していたので、それが辛かったです。自分が辛いだけだったら、もうちょっとだけ我慢できたように思います。

でも、辛くても我慢できていたので、学校もギリギリですが卒業できましたし、社会人になってからも3年づつくらいは頑張ることができました。僕より辛い人は学校を卒業するまで我慢できずに辞めて、働くことも困難だったのかもしれないです。

正直、自分より辛い症状の人の気持ちは理解できていないと思います。自分が経験していないので当然と言えば当然なのかもしれません。うつ病、パニック障害、アルコール依存症など様々だと思います。

なので自分の経験している範囲でしか書けないです。本当はもっと勉強して役に立つ情報があれば書きたいのですが、どうやら限界があるようです。

ということで、いつものように話がそれましたけど、症状がでるだろうと事前に考えることは多かったです。その結果、積極的に行動することが少なくなっていました。

でも、辛くなるだろうと思っても、行かないとだめなときってありますよね。そういう時って、とにかく症状にこだわってしまうものだと思います。

今考えて思うことは、「症状に逆らわないこと」が大切なんだろうと思います。森田療法でよく「あるがまま」とか言うじゃないですか、あれって、そういうことなのかなって思います。森田療法のことを全然知らないので想像だけです。

緊張しそうな場面、症状がでそうな場面は自分がいちばん理解していたりすると思うのですが、その場面とか、その場所に行く前は、緊張しないようにとか症状がでないようにとか考えると思います。

視線恐怖だったら、気にしないように、気にされないように、見ていないように、見られていないようにすることで楽になると考えますけど、どうやっても無理なんですよね。僕の場合ですけどね。

それで、思いつくのが、見ていないフリ、見られていないフリ、気になっていないフリ、気にされていないフリということになるのですが、無理なものは無理だと思います。

見ていない、見られていないと思い込もうと思っても、実際は見られていますし、自分は見ています。この部分の詳しいことはもう一個のブログの視線恐怖症の1,2,3に書いたのでそっちを読んで頂きたいのですが、正直、我流なので意味が分からない人は多いと思います。正解かどうかも分かりませんしね。なので、多分削除することになると思います。

僕の考え方で言うと、視線恐怖症でも、そうじゃなくても、人が隣に来たら気になります。隣に来た人も自分が先にその場所にいれば気にします。

これはどうしようもないというか、必要な能力なので普通のことだと思います。

なので、気になっていないフリをしても、気になっていないと思い込んでも、気になるものは気になりますから、それに逆らうことは、そもそも無理で、その無理な事をしようとしているからしんどいのだと思います。

受け入れるしかないと思います。

じゃあどうすれば良いかということなんですが、気になりながら目の前のことをするしかないです。緊張しながら目の前のことをするしかないです。症状がありながら目の前のことをするしかないです。

視線を気にしながら目の前のことをする。
ひきつりながら会話する。
赤面しながら会話する。

ということになると思います。結局、堂々と緊張することと同じ意味になるのですが、それが難しいから困っているのだと思います。

僕の場合ですけど、何故、それが難しいと感じるのかと言うと、症状がでた時に「嫌われる」というリスクがあるからだと思います。なので、コメント頂いた方に「嫌われる勇気」は良い本ですよと教えて頂いて、実際に自分が読んで納得したので、僕からもお勧めしています。アドラー心理学のすべてを納得するかどうかは人それぞれなので、全ページお勧めかどうかは分かりませんが、読んだ方が良いと思います。

例えば、僕だけかもしれませんが、自分がバカにしている相手の前で症状がでたとしても、ちょっとマシだと思うんですよね。バカにしていなくても親とか兄弟の前で症状がでた時に、友人の前での時よりもちょっとマシだと思います。

前に書きましたけど、相手が小学生の場合と、大学生の場合とでは、症状がでたときの辛さは違うと思います。相手が小学生の場合だとちょっと楽だと思います。

これは、嫌われる勇気があるからだと思います。嫌われても平気、嫌われても自分の今後の生活にそれほど影響ないとか、そういう感じだと思います。

でも、僕がそう思っているだけなのかもしれません。そうじゃないって思う人はコメントして頂けるとありがたいです。

なので、結局、目標は堂々と緊張することで、言い換えると、堂々と症状をだすということになると思います。上にも書きましたけど、視線恐怖、表情恐怖、赤面症の場合で僕の場合です。

ゴールまで辛いですが、目標は堂々と緊張することで、その過程で間違った努力もしながら正しい努力をしていくことで克服できると思います。

途中で目標がブレることはあります。目標はブレやすいものだと思います。僕の場合はそもそも目標を間違えていました。症状が辛いので症状だけに意識が向いていました。振り返ってみると対人恐怖症なので症状がでることはしょうがないことだと思っています。

僕のように、目標を間違えると間違った努力ばかりをしてしまいます。なので、この記事を読んで嫌な気分になる人はいるかもしれませんが、できるだけ正しい努力は何なのか理解してほしいので書いています。

最初にフグを食べて苦しくなった人は、そのことを誰かに伝えるのがその人の仕事だと思います。なんて意味の分からないことも書きながらですけど、自分の経験を書けば誰かの役に立つこともありそうです。もちろん迷惑になっている場合もあるかもしれませんが、その場合はごめんなさい。
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