対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

自分を好きになればすべてが上手くいく

自分が嫌いな人、好きになれない人は多いです。

もちろん僕もそうです。今でこそある程度は自分のことが好きになれましたが、100%好きで100%自分で気に入っているとは言えません。「もっと、こういう人になりたい!」と思うことはあります。

僕は、自分のことをブログで正直に書いてきたつもりです。これからも正直にすべてを書いていこうと思っています。

今、自分のことが嫌いで、違う自分になりたいと感じている人が(当時の自分)少しの切っ掛けで、自分の進むべき道を自分なりに考えて、自分で答えをだすためです。

なので、僕は誰かにアドバイスをしているわけではなくて、例えば、当時の自分が考え方を変える切っ掛けになれば良いと考えています。人それぞれなので正解はないですから。

僕は自分のことが大嫌いだった時期に、間違った努力を散々してきました。その間違った努力は文字通り間違っているのですが、それは今になってわかることで、当時は間違った努力のお蔭で踏ん張れた部分もあると思います。

僕が間違えたのは、自分のことが大嫌いだったので、無理に本当の自分ではない自分を表現していました。

例えば、気が弱い自分が大嫌いだったので、周囲からの印象を「気が強い人」になるように操作していました。具体的に言うと、服装や口調をワイルドにするとかです。

それをすることで、周囲からワイルドな人に見えることはあります。これで作戦は成功です。気が弱い自分は周囲から見て違う自分になり、ワイルドな自分、ワイルドに見られている自分が出来上がります。

しかし、そこから色々と問題がでてきます。ウソがそんなに長続きするはずはありません。それに、そもそも、自分の作戦に騙される人の割合は少ないです。役者ならともかく素人が上手く演技はできないですし、騙せても一時的な事です。

それでも、自分の作戦は成功していると思い込もうとして、ひたすら周囲からの印象を操作することに必死になっていました。っていうか、そうしないと自分が維持できないと感じていたからだと思います。

こういう状態では、自分のことを好きなれるはずはないですよね。

無理をして理想の自分になりきったところで、自分を好きになれるはずもなく、ウソをついていることは自分自身が一番知っていることだったりします。

今、どんな自分であったとしても、まず、それを受け入れることは必要だったと思います。気の弱い自分を、自分が受け入れた時に、自分を好きになることができるのだろうと思います。

受け入れがたい自分の感情って誰にでもあると思います。それも含めて自分なので、完璧を目指しても無理なんだと思います。

「人の不幸は蜜の味」って言いますよね。自分のそんな感情に気付いたときに、自分のことが嫌いになることはあると思います。

ただ、その感情って、誰もが心の底では持っている感情で、人はその感情が表にでないように工夫しながら生きていくものだと僕は思います。

完璧にいい人になろうとしても、一生無理な話なのかもしれません。

僕は、「良い人」風にブログを書いていますが、実際はそれほど良い人ではないです。もちろん、良い人になろうと努力はしています。

なので、今の段階で自分のことを好きになって良いんだと思います。どちらにしても、完璧に良い人にはなれないので。

完璧に良い人になってから、自分を好きになろうとしても、完璧な人間になることは不可能だと思います。自分自身がいちばん嫌いな自分になる勇気があれば、今の自分を好きになれるのかもしれません。

また、意味の分からない記事を書き始めてしまいましたが、自分のことを好きになることができれば、悩まずに済みますから、ほとんどの事は今より上手くいくだろうと思います。

そもそも、悩まなければ、自分が苦しくなければ、何も問題ない話だったりすると思います。自分で問題を作って、自分で悩んでいる。同じ問題を抱えていても悩まない人は悩まないですから。

更に意味が分からなくなりましたけど、書いている僕自身よくわかりません。
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