対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

自分の行動は自分で決定しよう!自分が自分であるために。

10代の頃から、他人の意見に振り回されていたように思います。振り回されていたというよりも、自分の意見や考えに自信がなくて、自分の意思で動けていないところがありました。

他人の意見で動けば、失敗した時に「自分のせい」にはならないからです。

自分の意見や考えはないことにして、他人に同調するフリをしていたんだと思います。こうやって、自分の感情を押し殺していると、やがてストレスは溜まることになります。

そして、意思のない自分、意見を言えない自分、個性を出せない自分、返事のできない自分になることはあると思います。そうなっても、大丈夫です。少し出遅れることにはなりますが、今からでも大丈夫です。

僕の経験からのことですが、何歳になっても「今さら、こんなこと聞けないよね」っていうことはでてくると思います。その都度、ちょっとした恥をかきながら成長していくのが理想的な成長の仕方なのかなって思います。

ちょっとした恥をかくのが嫌で、知っているフリをすると、少しづつ自信を失うことはあると思います。プライドが高いと損することもあります。

子供の頃は、分からないことがあると「これは何?」「あれは何?」と質問しまくりますよね。でも、年を重ねるごとに聞けなくなる人もいるだろうと思います。

質問をして、「そんなことも知らないのか!」と言われるのではないかという恐怖。そういうレベルの低い自分は他人から受け入れられないのではという恐怖。

見えない恐怖を避けると、余計に怖くなることは実際にあると思います。

しっかりと目を開いて、恐怖を見る。そして、怖がっている自分にも目を向ける。ただ、それだけで「見えない恐怖」だと感じていたものが、恐怖でなくなることはあると思います。

ちょっとだけ、怖い話ですが、もう15年ほど前のできごとです。

夜中に1人で知らない道を車で通ったときのことです。一瞬だけお化けのようなものが見えてしまって、(多分気のせいですが)物凄く怖くなりました。

それで、そのまま、急いで帰ろうとも思ったのですが、このまま家に帰ってしまったら、僕はお化けを見てしまったことになるので、数秒間ですが色々と考えた末に、その場に引き返して「お化けはいない、僕はお化けを見ていない」ことを確認しに行こうと考えました。

結局、その場にもどっても、お化けらしきものは一切でませんでした。少し話がそれましたけど、ちょっと似てるっていうか、対人恐怖ってそれに近いのかなって考えたりします。

怖い怖いと逃げていると、余計に怖くなることはあるでしょうし、実際は怖くない事なのかもしれません。

人それぞれに、恐怖から逃げる時期は必要だから逃げるのだと思いますが、時期をみて恐怖にさらされてみるということは必要かもしれません。

そのタイミングって、人によりますから他人から「はい!今ですよ!」って言うことできないですし、自分自身でなんとなくタイミングってわかるんじゃないかなって思います。

また、意味の分からない記事を書き始めた僕ですが、結局なにが言いたいかというと。

自分の意見や考えは、恥をかいてでも言ってみよう!ということです。子供の頃は友達とケンカしながら成長しますよね。お互いが自分の意見を言って、お互いの違いを確認したり自分とは違う考え方の友達を受け入れたりしますよね。

そして、自分が正すところは正していくことで成長しますし、「これは譲れない」という自分なりのこだわりができたりすると思います。それが個性になったりするんでしょうね。

恋人を好きになる部分って、そういう個性の部分でもあるのかなって考えたりします。

僕は、個性がないって言われることは多かったです。自己主張もしませんでしたし、人見知りで無口でしたから。まー、それも個性なのかもしれませんが、、、、、。

恥をかきながら成長しようと頑張っている自分を、客観的にみたときに自分を好きになれるような気がします。以前紹介したyoutube動画の片足の全米レスリング選手、アンソニーさんも言っていました。「どう生まれたのか?ではなくて、どう生きるか?」が大切だと。

僕が片足だった場合に、そう思えるかどうかは別として、今の自分が何点の出来なのか?はどうでもよくて、そこからどう行動したのか?が自分の人生の大切な部分だろうと思います。

誰が何を言っても、当たり前ですが、自分の人生なので自分流でOKだと思います。





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