対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

鈍感力

もう何年も前ですが、鈍感力っていう言葉が流行りました。

その前は、KY(空気読めない)な人などと使う言葉が流行りましたよね。KYって危険予知の略で現場作業なんかでもよく使う言葉ですが、流行ったのは空気が読めないほうのKYです。

KYの場合はその場の空気を読めずにちょっと周りからういてしまっている感じでマイナスの意味で使いますが、逆に鈍感力って鈍感なほうがいいとか空気を読めない方がいいとかいう感じでプラスの意味で使います。

両方同じような意味で空気を読まないことだ思うのですが、空気を読まないことはマイナスなのかプラスなのか?

多分、時代の変化でストレス社会になってきたので、今は鈍感なほうが上手くやっていけるのだと思います。でも、仕事では気遣いができないと上手くいきませんし、結婚するなら気遣いのできる女性の方が良いとか言いますよね。

対人恐怖症の場合は気遣いというか、相手に嫌われないかとかに気を使いますし、神経質になっている状態だと思いますので、気遣いができるとか気が利くっていうのとは少し違うんだと思います。

どっちにしろ、神経を使うのであれば「気遣い」ができるほうがいいですよね。相手のことを思って気を使うのが「気遣い」なんだと思います。

例えば、自分の親が玄関のそうじをしようと考えていたけど、その日は疲れていたので掃除をせずにソファーで眠っていたら、親が目を覚ますまでに玄関の掃除を済ませておくとかが「気遣い」ですよね。

色々と考えてみると「気遣いはするけど空気は読まない」っていうのが一番理想なのかなーって思います。

ストレス社会なので空気は読まない方が楽に生活できますし、それでいて気遣いができると色々なことが上手くいきます。自分で書いていてそんなことできるのかなーって思ったので、ちょっと考えてみました。

対人恐怖症だと嫌な空気を感じとるときがあります。しかも周りはそんな空気を感じていないのに自分だけがヘンな空気を感じで窮屈な思いをすることがあります。

そんな場面で「僕って気遣いできているかな?」って考えて少し相手のことを考えてみることで「気遣いはするけど空気は読まない」ということはできそうです。

ただ、これは僕が頭の中で勝手に考えただけなので、それが良いのか悪いのか、出来るのか出来ないのかは分かりません。
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