対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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治った時のことをイメージしてみる

10年後、対人恐怖も気にならなくなって、そんなに悩みもなく普通に生活している自分をイメージしてみるとどうでしょうか。今の辛さはもう過去の出来事になっていますよね。

対人恐怖を意識せずに楽しく仕事したり遊びに行ったりしているイメージです。

もし、学生時代が一番辛かったという人は、イメージの中で10年後の自分を想像して10年ぐらい会っていない同級生に「あの頃は辛かったんだよ。実は恐怖症だったんだ、迷惑かけてたんだったらごめん」って笑顔で軽いかんじで言えるでしょうか?

僕はイメージではなく実際にでも言えると思います。

多分、当時迷惑かけていたっぽい人に話しかけて当時のことを説明すると、「えー、そうだったんだ」とちょっとビックリはするかもしれませんが、全然気にしていないと思います。「それより、今なにしているの?」っていう会話になると思います。

お互い、10年間で色々あって成長もしているので、人はだれでも悩みをかかえているという事実を体験によって理解しているからです。人は誰でも周りに迷惑をかけながらでも、助けあいながら大人になっていくものだと理解できているからです。

当時、まわりを気にして膝をかかえて小さくなっていたのは、僕が勝手にしていたことで、まわりは、そんなことは関係なく普通に生活していただけだと思います。

当時の自分を10年後の自分が上からながめると、クラスのみんなは普通に生活しているのに、自分だけ小さくなっていることに気がつきます。

自分が勝手に小さくなって膝を抱えてしゃがんでいるだけで、「なにしてるの?」って声を掛けてあげたいくらいです。まわりの人と何もかわらないのに「なにしてるの?」って言いたいです。

自分の好きなようにすればって言いたいです。

例えば隣の席の人は、自分が人生の主人公ですから、好きなように生きています。見えるものは自分の視点でしか見えません。考えることは自分の頭の中だけでしかできません。全てが自分中心です。友達と会話したければ会話するし、ケンカしたければケンカするし、笑いたければ笑います。

だから、僕もそうすれば良かったんだと思います。

見たいものは見る、食べたいものは食べる。着たい服は着る。

あたりまえですよね。

人の視線が気になるんだったら見れば良いし、見たくなかったら見なければ良いし。

僕みたいに、学校をさぼってクラブだけでたかったらでれば良いと思います。もちろん犯罪はダメですが、やろうと思うことはやれば良いと思います。

もし幼稚園で20人くらいの子供が砂場やジャングルジムで楽しそうに遊んでいる時に、ひとりの子供だけが恥ずかしそうにして一人で遊んでいるのを見たら「この子、他の子と何も変わらないのに一人で何しているんだろう?」って思いますよね。

そういう感じだと思います。10年後の自分はそうなっているんです。治すとか治さないとかの問題ではなく、単純に考え方のクセなんです。

あなたなら、幼稚園で一人で遊んでいる子を見て何て声をかけますか。

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