対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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悩む価値のない悩み事

僕の記事が役に立っているのかどうかわかりませんが、最近ログインできるようになり、記事を更新できるようになったので少し記事を書いていこうと思います。

僕は視線恐怖症で悩んでいるとき、悩みまくっていました。一日一日なんとか過ごせたけど、自分が納得できるような日は全くなかったと思います。高校生の時はどうせ学校に行っても視線が気なるだけで特に仲の良い友達もいないし楽しくないし周りに迷惑掛けるだけだしなど色々と考えて休む日もありました。

毎日、寝る前は今日の反省というか、悩んでいました。明日も今日と同じだろうなーとか、どうして視線が気になるんだろうとか、周りの人は楽しくやってるのに自分は・・・・・・。

今思うと、視線が気ならないようにしたい、皆と楽しくしたいのにとか考えて悩むのは無駄だったと思います。例え徹夜して朝まで悩んだとしてもすぐに解決するような問題ではないからです。でも悩んでしまいますよね。対人恐怖症の人が一度は必ず通る道だと思います。そして、一番辛い時期です。悩んでも解決しない問題を延々と悩み続けるということを繰り返していたと思います。

どうして無駄なのかというと、悩んでいる内容が間違っているからだと思います。例えば、視線が気にならないようにしようとか、もっと明るい性格になろうとか考えて悩むのが間違っていると思います。もちろん普通はそう考えて悩みますし、それが自然な流れだと思います。しかし、単純に「治そう、治そう」と努力すると逆効果になります。

僕の経験からいうと、逆効果になるパターンは例えば、視線が気なっていない振りをしよう、無理に明るく振舞おう、いつもニコニコしていようなどと考えると逆効果になりました。一番辛い時期にこういった行動をとるのはあまりお勧めできません。少し良くなってくるとこういう行動をとっても逆効果にならず良い方向に行く場合もあると思います。健康な人は「ニコニコしていよう」と考えてニコニコしていても何も問題ないのですが、対人恐怖症の人が一番辛い時期にニコニコしていようと努力するのはよくないと思います。

少し難しい部分もあるかもしれませんが、「どうやったら治るのか?」などと考えて、治そう治そうと努力すよりも「視線が気になるのはしょうがないこと」「気になりながらでも出来る限りのことをしよう」「愛情をもって会話しよう」などと考えるほうが良いと思います。

どうせ悩むのなら「どうやったら愛情をもって会話できるのか」を悩む方が良いと思います。視線が気になるからどうしようと無駄に悩むのではなくて、愛情ってなんだろう?どうやってたら気持ちのこもった会話ができるのだろう?と考える方が良いと思います。

どうしても、視線が気なったときのことを思い出して反省したり、赤面したり顔が引きつったり手が震えた時のことを考えて悩んでしまいますが、悩む価値のない悩み事というのことを理解して、少し気持ちを切り替えて愛情をもって会話する方法を考えると良いと思います。

僕の場合は自分ひとりが特殊な悩みにとらわれていると感じていました。皆が自分の悪口を言っていると感じた時期もあります。しかし僕を含めて世の中に完璧な人はどこにもいません。誰もが何か問題を抱えていて、問題を抱えながら悩みながら生活をしています。それぞれに自分の問題を抱えているのに他人の悪口ばかり言っている暇はないですし、常に他人のことばかりを考えている人はいないと思います。

ですので、多少迷惑を掛けるときもあるかもしれませんが、その部分で深く悩むのではなく、今の自分より少し成長しようと考える方が良いと思います。
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ありがとうございます

私は今現在、手の震えに悩んでいます。情けなくて消えてしまいたい気持ちの時もありますが、そんなときは管理人さんの悩んだ末の声を読みなおして気持ちを立て直しています。
とても助かります。ありがとうございます。

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Re: ろばさんへ

できれば真顔でいる方が良いと思います。僕の経験上では、真顔でいるのはとても難しいと思います。どうしても無理に笑おうとか考えますよね。この部分の質問はすごく重要であり、一番難しいです。僕自身完璧な答えをだすことができません。

対人恐怖症の人は色々な葛藤の中で生活していかなければならない状況になると思います。努力してもどうにもならない時期はあると思います。しかし、それが延々といつまでも続くことはありません。少しづつ良くなっていきます。

例えば、会話するときに緊張して笑顔でいないといけないと考えて、無理に笑おうとして緊張する人でも、毎回毎回全て緊張しっぱなしということはないと思います。自分でもよくわからないけど「今はリラックスしてる」「一番良い状態だ」と思うときがたまにあると思います。相手にもよりますし状況にもよると思いますが、100回中1回とか200回中1回、なぜか「緊張していなかった自分」を感じることはあると思います。そういう時って気分が良くなって、もっと会話したいとか思ったりすると思います。その時と同じ気分で毎回会話ができると、それほど緊張はしなくなりますし、視線も気にならなくなりますし、自分の発言がどう思われるかなどを考えなくなっていきます。

もし、明日、学校や会社で自分の一番辛いと思う状況になった時に、「あー、またこれか、視線は気になるし顔は引きつるし、早くこの場から離れたい」と思うかもしれませんが、仮にその状況の時、自分の気分が上に書いたような 「一番良い状態」だったらすごく楽だと思います。と同時に「自分の気分」以外に何も変化していないことに気が付くと思います。「一番辛い状態」と「一番良い状態」は紙一重なんだと思います。少しの考え方の変化でどちらかに転ぶと思います。

例えば、指で「パチッ」と音を鳴らすだけで、「一番辛い状態」と「一番良い状態」を切り替えることができれば簡単にリラックスできて、自然に笑いたい時だけ笑うようになると思います。

僕が以前に書いていたプラス思考の考え方ですが、マイナス思考を無理にプラス思考に変えるのはハッキリ言って難しいと思います。しかし、「マイナス思考になっていたんだ」と気付くことは出来ると思います。

一番辛い状況のときに、「マイナス思考になっていたんだ」と気付くことができたら、今、自分が一番良い状態だったらどうだろうかと考えてみると良いかもしれません。周囲は何も変化していないはずです。

自分の緊張を自分でリラックスできるようになる為の訓練で自律訓練法というものがあります。これを毎晩やってみるのも良いかもしれません。

「下を向いていればまわりの人の邪魔をしないですむ」と考えて下を向くこともあると思います。それはそれで良いと思います。気になるものは気になりますから、それを「どうにかしよう」と考えるのは自然な考え方だと思いますし、僕もそういう経験はあります。その行動が良いとか悪いとかではなく、そうしながらでも、「少し考え方を変えてみる」ということをしてみるのも良いと思います。

僕は今まで間違った努力をたくさんしてきました。もちろん間違った努力をしない方が良いですが、よく考えると、誰でも何か問題がある時は悩み続けて解決策を考えます。そして問題が解決するように努力します。それが間違っていたとしても結果論です。ですので、間違った努力をしてはいけないのではなくて、間違った努力をしながらでも、少し違う角度から考えて、治すというかリラックスできる方法を探していこうと記事を書いています。

一生懸命考えましたが、どうしても完璧なアドバイスができないので参考程度にしていただけるとありがたいです。

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