対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

ちいさな事にくよくよしろ

「ちいさなことにくよくよするな」という本に反論しているわけではありません。

この本とは全く関係の無い記事ですが、対人恐怖症の人は、よく悩みます。何を悩むかというと、その日にあった出来事を繰り返し思い出して、後悔したりしていると思います。その後悔している場面が多くて、何で悩んでいるのか自分でよく分からなくなるくらいに、複数のことで悩んでいると思います。

例えば、「この人と会話している時もっと明るく話しすればよかった」とか「あの人が話しかけてきたときにもっと笑顔をだしていれば。。。」とか「先生に対して態度悪かったかなー」とか、人それぞれですが色々と反省していると思います。たしかにこういう場面の場合はくよくよしてもしょうがないことなので「ちいさいことにくよくよするな」という言葉あてはまると思います。

しかし、こんな場合はどうでしょうか。(フィクションです)

学校で、友達に消しゴムを借りた時の話しですが、使い終わって返す時に、単純に「ありがとう」と言って手渡しすれば良いのに、「ニコニコして返さないといけない」とか「ありがとう」と言うのが恥ずかしいとか、返す時の周りの反応が気になるとか考えて、忘れている振りをして、相手からの「あれっ、消しゴムは?」という言葉が来るまで待つことにしました。結局、一時間後に相手が「あれっ、消しゴムは?」と言ってきたので「あっ、忘れてた」と言って返すことができました。

こういう出来事があった日は家に帰ってからクヨクヨと「あの時なんですぐにありがとうと言って返さなかったのだろう」とか「一時間も経ってから返して、気分悪くしていないかなー」とか考えて悩みます。

この場合はくよくよと悩むのは正解で、相手の「消しゴムを貸してあげる」という好意に対して感謝の気持ちで「ありがとう」と答えるのは最低限の常識の範囲だと思います。いくら対人恐怖症だとしても、最低限度の常識の範囲のことに対しては、自分のことばかり考えるのではなく、相手に答えるということは大切だと思います。その他にも「こんにちは」とあいさつされても返事しなかったりすることもあると思います。この場合も同じで、くよくよと悩むべきです。

くよくよと悩んで、解決できる問題だからです。くよくよ悩んで単純に「ありがとう」と言うべきだったと分かれば、次からはそうするようにすれば良いと思います。僕自身が、人から話しかけられた時に返事しなかった(できなかった)時期があったので、エラそうに書くことはできませんが、今はそう思います。

それに、こういったちいさなことの中に幸せというか、楽しさというか、生きがいというか、、、、どう表現して良いか分かりませんが、ちいさいことこそクヨクヨと悩むだけの価値があると思います。

勘違いしてほしくないのは、視線恐怖症の場合で言うと、視線が気になったときのことや赤面症の場合で赤面した時のことをクヨクヨと悩むのが正解と言っているわけではありません。この場合はまた違う問題なので、クヨクヨと悩む価値はないと思います。
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