対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

対人恐怖症が治ってから学べることを今から実践することが治す方法

対人恐怖症があると気が付かないことや失敗することがあるように思います。

僕の場合ですが、仮に20代のころ対人恐怖がなかったら、とっくに学んでいることを今さらですが学ぶことは多いです。僕は43歳になりましたが、まだまだ学ぶことは多くて失敗や反省を繰り返しながら生きています。

前にも書きましたが、スタートが遅れている感覚はあります。

なので、僕が今学んでいることを記事にすることで、現在対人恐怖症で悩んでいる人は早めに学ぶことができ、それが対人恐怖症を治す方法になるのではないかと思います。

「治ってから学ぶ」⇒「学びながら治す」

対人恐怖がありながら実践することで成長できると思います。

例えば親戚との食事で4人くらい集まった場合ですが、対人恐怖症が楽になるとそれほど苦痛ではなくなります。

苦痛でなくなったら、どうなるかというと欲求のままに行動します。

僕の場合ですが、食べたいだけ食べてお腹がいっぱいになるまで周りを気にせずに「次は何を食べようか」と考えながらテーブルの上の料理を眺めます。

もちろん適当に会話しながらです。(悪い意味ではないです)

自分自身は前より楽に会話が出来るようになって満足気味なのですが、それが盲点というか学べない理由、成長できない理由にもなっていると思います。

親戚の集まりでは、気を使う人は多いですよね。

例えば嫁姑。他にも最後に会計をするであろう人に対して遠慮がちになったりします。

僕個人的には他者が「ちょっと気を使っているな」というのを気付かないほうなので、空気を読めずにがむしゃらに食べることが多いです。

他者が隣の人に気を使っているということに気付かないことは多いです。

それはそれで問題ないのかもしれませんが、「楽になったけど成長しない」という状況だと思います。

他者が誰かに気を使っているのであれば、それを少し楽にしてあげる会話とかフォローすることは必要だと思います。

キツイ言い方をすると「今すぐに解決できないことで悩むのであれば他者に気を使え」ということです。

僕の場合ですが、対人恐怖症が楽になったら、他者に気配りが出来るようになるというのは大きな間違いだったと思っています。

対人恐怖症がありながら気配りが出来るようにすることが治す方法であり成長する行動だと思います。

正直、難しい部分はありますが、それが実践できれば対人恐怖症は楽になると思います。

食事中に手が震える理由もなくなりますし、他者との関係で深く付き合えるようにもなると思います。

恋愛とかもそうで、自分が気を使って困っているときに、それを悟ってフォローしてくれたりした異性を好きになることもあると思います。

自分が何も言わなくても理解してくれているときは、嬉しいものですよね。

そういった、小さなことが楽しかったりすると思います。

眺める視点を少し変えるだけで対人恐怖症は楽になるものだと思います。

しかし症状があるので、症状をどうにかしようと捉われた状態になりやすいので治りにくい原因にもなっていると思います。

なので、症状がありながらでも気配りをしてみることは正しい努力なんだろうと思います。

症状はあってもなくてもいい。あるのであれば、ありながら生活するしかないです。

「ありながら正しい努力をする」

結局ここに行き着きます。いくら悩んでも最後はこの答えが出てくるのだろうと思います。

対人恐怖症を治すのに「魔法の杖」がないのが現実です。

であれば、もがきながら正しい努力をすることが今出来る最大限のことなのかもしれないです。

失敗してもいい、治ってから行動するのではなくて、行動しながら治すことが大切ではと思います。

明日は何をするべきか、心の安らぎを取り戻すために。

携帯からの投稿なので読みにくいかもしれません。

いつもブログに書いていることなので繰り返しになるかもしれませんが、悩んで悩みまくって結局どうすればいいか分からない時ってありますよね。

自分なりに必死で考えたつもりでも、自分一人での考えには限界はあると思います。

今だから思えることかもしれませんが、「緊張しながらでも相手を思いやること」が明日すべきことだと思います。

オドオドしながらでも、相手を思いやる。

これは、僕自身そうでした。治っていく過程においては、必ず通る道だと思います。

何をしていいか分からなくなることもあると思います。

迷った時は、「緊張しながらでも相手を思いやること」を繰り返すことが、今やることだと思います。

道のりが長いので、迷うことはありますが、繰り返すことで気付きはあると思います。

自分自身が、これほど辛いのに相手を思いやる余裕なんてない。多分ですが、そう考えるのが普通の感覚だと思いますし僕自身がそうでした。

相手を思いやることは、大変で辛いことで、めんどうな事のように感じるかもしれませんが、実は楽しくて幸せで心の安らぎを与えてくれるものです。

嫌われる勇気という本に出てくる「幸福とは貢献感である」という言葉があるように、生きていく上で必要なものだと思います。

確かに、症状があって辛い時に相手を思いやることは難しいですが、辛いからこそ相手を思いやることは必要だと思いますし、心の安らぎを取り戻す方法だと思います。

そして努力で解決できる部分は努力すること。

僕は足が短いことがコンプレックスになっています。ですが努力でどうにもなりません。

前に書きましたが、スポーツクラブに通っています。4カ月超えたくらいだと思いますが、だいぶ筋肉質になってきました。

残念ながらお腹はまだ凹んでいません。原因は週2回くらいしか行っていないのと、ウォーキングをしていないことです。あと食事の量を減らせていないのも原因です。

でも、以前より自信持って歩けるようになりました。

なので、努力で解決できる部分は努力することは大切だと感じています。

当たり前かもしれませんが、努力で解決しないものを努力しても悩むだけでどうにもなりません。

逆に考えると悩むくらいなら、努力できるところで頑張ろうということです。

人それぞれですが、自分の場合で書いています。

何をしていいか分からない時は、相手を思いやると書きましたが、身内にも同じだと思います。

自分の親に思いやりで接していると、心の安らぎを感じるときはあります。それが幸せを実感している瞬間なのだろうと思います。

まずは、親や親友との間で、心の安らぎを取り戻すほうが楽かもしれないです。