対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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「本当の自分」に戻りたいというサイン

その頃は苦しかった。苦しかったのは、「本当の自分」から離れたところで頑張っていたから、「本当の自分」に戻りたいというサインを心が送っていたのでしょう。

あなたは「このため」に生まれてきた!心屋仁之助 151ページより。心屋さんの本は難しい言葉が少なく分かりやすいので興味のある方は読んでみてください。

上の文章を読んで納得しました。僕自身が苦しかった時期は、多分こういうことなんだろうと思います。

憧れというか、理想の自分像みたいなものがあって、その自分像になれていない自分が嫌だったので、他人から見られたときの自分の印象をねじ曲げようとして苦しかったように思います。

当時、自分の対人恐怖症を肉眼で見ることができるのなら、体中にまとわりついた雨雲のような感じでした。

大型犬が雨に打たれた時に、ブルブルっと雨水を取り払うように、対人恐怖症の雨雲も簡単に取り払うことができれば良いのですが、現実は難しかったりします。(ちょっと意味不明)

アドラーは、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言しているそうです。

そう言われると確かにそうで、世の中に自分一人だけだったら悩まないのかもしれないですし、自分をよく見せようと頑張らなくても良いですし、他人に気を使うこともないですから、本当の自分のままでいられるのだと思います。本当の自分のままで、好き勝手に生きていくことができれば、それは幸せなのかもしれないです。

でも、現実は、周りに人がいるので、ある程度の協調性も必要ですし、気を使うべき場面もあると思います。

対人関係に疲れたと感じたら、もしかすると、周りの人に合わせて本当の自分ではない状態になっているのかもしれないです。本当の自分に戻るには、今の自分を受け入れるしかないのかもしれないです。

話が急に変わりますけど、僕が21歳くらいで対人恐怖症の真っ最中だった時期のことですが、ご近所さんとも全く会話することなく嫌な感じというか、すれ違うのも嫌だと思っていました。

でも、阪神大震災で家が半壊して外に出た時に、周りでは煙が上ったり、余震が続いたり、ガス臭かったりして、大変だったのですが、こういう時って皆協力的というかご近所さん同士で仲間意識があって、普通に会話していました。

僕自身も、隣の苦手意識のあった奥さんに話しかけたり、ガス漏れしてそうな場所をスコップで掘ったりしていました。当時を思い出すと不思議な感じなのですが、苦手な相手でも嫌いな相手でも、こういう時って仲良くなるんだなって思いました。

多分ですけど、会社で嫌いな人だとしても、こういった何かあった時は、協力し合うんだろうと思います。例えが悪いですけど、大嫌いな人と海外で二人きりだった場合に、その相手としか言葉が通じないので協力することになると思います。

もしかすると、極端な状況下では対人恐怖症は治るのかもしれないです。

多分、周りに目が向いている状態だからなんだと思います。自分に意識が向いていないので、本当の自分が出せるようになって楽になるのだと思います。

極端な状況下では、本当の自分をだしても嫌われるとか、嫌われないとかを考えていない状態なんだろうと思いますし、嫌われるわけがないというか、そういう概念がないのかもしれないです。

僕の場合ですけどスポーツとかもそうで、学生の頃バスケとかサッカーとかしてる時は、嫌な雨雲は体にまとわりついていなかったように思います。人それぞれだと思いますけど。

また意味の分からないことを書いてしまいましたけど、イザとなったらなんとかなるってことだと思います。











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