対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

恐怖突入の大切さと、避けるとどうなるのかとか。

恐怖になる場面や不安になる場面を予想して避けることは誰にでもあると思います。


そんなとき、恐怖突入の大切さを理解できるブログがあります。対人恐怖症のジュークボックスさんのブログです。


ネット上には、様々な情報がありますが、本気で治そうと考えている人は、読んでいただきたい記事です。


僕自身、表情恐怖症や視線恐怖症が治った過程を考えてみると、まさにこの方法だからです。不安になるであろう場面を、幼いころから回避してきました。その結果、対人恐怖症になったのかもしれません。


不安になるであろう、緊張するであろう場面を避けていると、不安は大きくなり恐怖になることもあるだろうと思います。


そこで、不安な場面を不安にならないようにするには、上書きが必要だという記事です。


表情恐怖症の克服のしかた(mueig.com)にも書いていますが、表情が気になっても大丈夫なんだと思うことができると楽になります。


会話するときに緊張する場面を、上書きすることになります。


不安な場面を避けることは、しょうがないことなのですが、いちばん不安の少ない場面で(不安階層表での1とか)不安にさらされてみることは必要なのかもしれません。


無理に、いちばん辛い場面で、不安にさらされるのではなくて、比較的楽な場面で不安にさらされてみるということで、少しづつ自信が持てるようになると思います。




不安な場面を避けると得をする

自分が不安になるであろう場面や緊張するであろう場面。もしくは、不安になった時や緊張した時、その場所から避けることはあると思います。


今さらですが、僕はこういった行動を繰り返していました。


色々な本を読んでいると、回避行動という言葉がでてきます。当たり前ですが避けるという意味ですよね。なぜ、避けるのかというと、避けることで自分が得をするからです。


「不安にならなかった」「緊張しなかった」「苦しい場面を回避できた」と考えます。


心理学でもそうですが、人は自分が得をすることでないと動かないといいます。このように、避けることが得をするということを学ぶと、次も避けることで自分が得をしようと考えます。こういった理由で僕は繰り返し回避行動をしていたのだと思います。


視線恐怖、表情恐怖、赤面恐怖などすべて同じ原理だと思います。


それぞに、自分の症状に当てはめて、自分が得をするために避けていたのかを考えてみると理解できると思います。表情恐怖の場合は引きつるかもという不安になる場面を避けることで、自分が得をしますし、視線恐怖の場合は視線が気になるであろう場面を避けることで自分が得をするということです。


避けないことのメリットを認知療法トレーニングブックという本に書かれていますので、少しだけ紹介します。


不安な場面に直面した時は、一気に緊張度はあがりますが、時間が経過すると自然に不安はやわらいでいきます。


不安になりながらでも、その場にとどまり、自然に不安がさがっていくということを、何度も身をもって経験すると「今まで苦しかったけど、これからは大丈夫」と思うことができる。


かなり省略しましたが、気になる方は本を読んでください。


ですので、避けると得をするという経験をした人は避けるという行動が習慣になっていると思いますが、不安な場面にとどまることでのメリットがあるということです。


もういちど整理して書きますが、とどまることでのメリットは、不安な気持ちは時間と共にやわらいでいくということです。この経験を繰り返すことが前回紹介した上書きするということになると思います。


視線恐怖症でいうと、避けることは自分が得をしているように感じますから、見られていることが不安になる場面を避けるのはしょうがないです。しかし、実は、とどまることでのメリットがあるということです。


僕が、カウンセリングで初めて不安階層表を作った時に、今からこの不安な場面に向かい合わなければいけないのかと思うとゾッとしました。


自分が書き出した不安になる場面なので、当然といえば当然なのですが、自分で書き出したにもかかわらず、恐怖でした。


なので、不安の少ない場面から始めることは大切だと思います。

対人恐怖症が治るかもしれないと思えるプチ認知療法

いきなりですが、トイレに行って出ていくときに、手を洗いますよね。


それで、僕の場合なんですが、既に手を洗っている人がいると、待っている時間が苦痛なので(視線とか緊張で)手を洗わずに出て行くことがありました。汚いですよね。


既に手を洗っている最中の人の後ろに立って待っていると、せかしているような気分にもなりますし、ウザがられるんじゃないかって考えて、逃げるように(その場で不快になるのが嫌なので)手を洗わずに出て行くことがありました。


僕の場合はこういう行動だったのですが、人によって感じることや行動は違ったものになると思います。僕と同じような受け止め方をしている人の場合での、対人恐怖を少し楽にするためのプチ認知療法を考えました。


今までと、同じ行動(不安を避けること)をしていても、楽にならないと思うからです。


不安階層表を作って、計画を立てることが一つの方法だとすると、この場合は行き当たりばったりではありますが、比較的不安の少ない場面なので問題ないと思います。


実際の場面で、プチ認知療法だと思って実践すると効果があるのではないかと思います。僕と同じような受け止め方の人がいると仮定しての話です。


普段なら、この場面で、手を洗わずにトイレから出て行きます。


そこで、そんな自分に気付いたら「ちょっと待った!この不安から逃げるのか?」と自分に問いかけてみる。そして、既に手を洗っている人が洗い終えるのを待つ。


ただ、それだけのことです。


その時に感じた自分の気持ちを整理してみる。自分が不安に感じていたことは事実か、単純に勘違いなのか、実際にウザがられたのか。そうすることで、今まで避けていたけど避けるほどでもなかったと感じるかもしれません。


もし、この時、相手は「自分が後ろで順番を待っているから、気を使って手を洗うのを早く終えようとしてくれている」と相手の思いやりの気持ちを感じたなら、自分が不安になっていたことって何だったんだろうと、自分の受け止め方が少しズレていることに気付くのかもしれません。


この場面は、僕が思いつきで考えて書きだしましたが、人それぞれに同じような不安の比較的少ない場面に直面することは、普段の生活の中では多いのではないでしょうか。


通勤・通学中での自分の行動を振り返ってみると思い当たる場面は沢山あると思います。


例えば、通勤途中にコンビニに入ってアイスコーヒーを注文しようとレジに並んでいると、前の人がアイスコーヒーを注文したので、真似したと思われるのが嫌で、アイスコーヒーを注文せずにタバコだけにしたとか。


例えば、自転車通学の時に、帰る方向がたまたま同じだった近所の先輩が自分の前で自転車をこいでいる時に、前を走っている先輩が「ずっと着いてくるんじゃねー!」と感じているだろうと思って、少し遠回りをして帰るとか。


例えば、お腹が空いていて、コンビニでから揚げを買おうとしてレジに並んだが後ろで並んでいる人が、から揚げの話をしているのが聞こえたので「後ろの人は、自分が、この最後の一個のから揚げを注文すると・・・・・。」とか。


書き出すときりがないので、これくらいにしますが、様々な場面がありますよね。


こういった、比較的不安の少ない場面で、つい避けていることや、自分の感情を抑圧している場面って以外に多いと思います。


そんな場面に直面した時に、「ちょっと待てよ?これは認知療法のチャンスでは?」と自分に問いかけてみるのもありだと思います。


同じ出来事でも、人によって受け止め方は違いますから、いつも通りではない行動をすることで、受け止め方や考え方の幅が広がることはあると思いますし、自分の考え方のクセに気付くキッカケにもなると思います。


無理に自分の考え方を変えるという意味ではなくて普段避けていた場面に、あえてとどまることで固定観念での自分ではない自分を感じることはあると思います。


認知療法の本はたくさん売られています。うつ病にもすごく効果があるようですので、参考になると思います。


ちなみに、僕が購入したのは認知療法トレーニングブックという本です。レビューは、また時間のある時に別の記事に書こうと思います。





メガネと帽子で視線恐怖症は楽になるのかとか

かなり前の話ですが、僕は帽子をかぶってパチンコに行っていました。


隣りの台に座っている人の視線が気になった時に便利だったからです。物凄く深くかぶっていて髪の毛がペッタンコになるくらい深くかぶっていました。


右側が気になった時には、ちょっと右に首を傾けることで、帽子のツバが壁になり視界が遮られるというちょっとした小技です。


なんだか、帽子をかぶっていると余計に疲れるので、ある程度で止めましたが、帽子とメガネのセットやマスクとサングラスを使っている人は多いように思います。


実際のところ、このセットが視線恐怖症を克服するにあたって、有効なのか?それとも、できれば使わない方がいいのか?という疑問を抱く人もいると思います。


僕的には、どちらでも良いのではないかと思います。


それで楽になるのなら、それで良いと思います。多分ですが、対人恐怖を専門に勉強されている方は、「使わない方が良いに決まってるじゃないか!」という答えを出すと思います。それはそうですよね、そういう答えになりますよね。


対人恐怖の経験者の僕としては、どうしても視線が気になって辛いのなら、帽子というアイテムを使うことは悪いことではないと思いますし、表情恐怖でマスクを使うのも悪いことではないと思います。


僕なりに色々と考えてみたのですが、10年前の自分が「メガネと帽子とマスクを使いたいんですけど」と今の僕に質問してきたとしたら、ひとつだけ条件をだすと思います。


それは、薬物療法での考え方と同じようなところがあって、ハードルを下げるという考え方です。


薬物療法は、不安が大きすぎて乗り越えられない場面を薬の力を借りて、乗り越えられるという感覚を覚えるもので、単に風邪のように、薬を飲めばよくなるというものではないです。


なので、ハードルを下げるという意味で同じようなところがあると思います。薬の力を借りて、不安の少ない場面から乗り越えていくのが、薬物治療の基本だと思います。


ということで、10年前の自分が「メガネと帽子とマスクを使いたいんですけど」と相談に来た時は、「認知療法とか暴露療法しながらだったらいいよ」って答えると思います。


何もしないでマスクとメガネと帽子を使うのは、何もしないで薬をのむのと同じだからです。


何もせずに、薬を飲んだだけで楽になる人もいますが、その人は、自分なりに普段の生活での出来事をハードルを下げながら少しずつ乗り越えようと努力しているはずですし、そういった知恵があります。なので、実際は何もせずに薬だけで楽になっているのではなくて、自分に合ったやり方で努力しているのだと思います。


マスクや帽子も同じようなところがあって、それだけで楽になっていくというものではないと思います。


僕の場合は最悪で、精神科に行って、ほとんど話もしていないのに、しかも、何の説明もなくお薬を渡されたことです。今考えると、最悪ですよね。


本当に医師なんでしょうか?よくわかりません。


僕は、このとき薬には効果がないと感じたので、ある程度で止めました。もし効果を感じていたら多分ですが、依存症になっていたと思います。そうなっていたとしても責任は自分にあるということになるんだと思います。当時の僕には、薬を飲みながら自力でなんとかする知恵がありませんでしたから。


思い出すとだんだん腹が立ってきたのでこれくらいにしておきます。イライラしても時間の無駄なので。僕はイライラしてきたときに自分でコントロールできるようなったので、すぐにイライラがなくなります。


イライラがなくなったので、パチンコの話題にします。


ここからは、パチンコをしない人には全くわからないと思うので、パチンコをしない人には無駄な内容になっていると思います。


視線恐怖症だと、隣の台で魚群が流れた時に、「見てはイケない」「見たことがばれないようにしよう」「気が付いていないフリをしよう」とか考えますよね。僕だけかもしれませんが、そう感じる人もいると思います。


スロットで言うと、GOGOランプが光った時に、「見てはイケない」「見たことがばれないようにしよう」「気が付いていないフリをしよう」とか考えますよね。


こういった状況で、視線恐怖症が楽になる方法とかを、もういっこのブログ(mueig.com)にも書いていますが、隣りの台で魚群が流れたときに、「見てしまいそう」と感じると思います。


見てしまうことで、「ジロジロ見るな!」「キョロキョロするな!」「何見てんだよ!」と相手に思われるのが嫌で、見ていないフリをしたり、気付いていないフリをしたり、目を閉じたりすることはあると思います。これも僕だけかもしれませんが、人間の行動って大体同じだと思うので、僕と同じような人は多いと思います。


隣りの台のGOGOランプとか魚群って、「見てしまいそう」なのではなくて、見えるのが当たり前なんですよね。


逆に、見えていないフリをしたり、気付いていないフリをすると相手は違和感を感じるでしょうし、見えていないフリをしていることってバレるんですよね。これは、僕の経験上のことです。


なので、見えるのが当たり前で、見えているんだったら、見えているなりの行動をするのが普通だと思います。隣の台の人が「ジロジロ見るな!」と感じていたとしても、見えるものは見えるので、「あっ、光りましたね」とか「あっ、魚群リーチですね」みたいな微妙な反応をすることは自然な流れだと思います。


あまりにも、極端に反応すると確かにウザがられるかもしれませんが、少しだけ隣の方向に首をひねったり横目で眺めるのは当たり前の反応ですし、皆そうしていると思います。


しかし、視線恐怖だと、びくともしないお地蔵さんのような態度で挑むということはあると思います。僕がそうだったので、視線恐怖の人すべてがそうではないと思いますが、どうなのでしょうか。逆にお聞きしたいです。


それで、結局のところ何が言いたいかというと、「見てしまいそう」と感じた時は、何かの理由があるので、それに素直に反応することは、普通のことであって「自分はおかしい」と思う必要はないということです。


気になった時は、気になった方を見れば楽になるっていうことです。


詳しいことは、もういっこのブログに書いていますので読んでみてください。





どうしても上手くいかない時は人生の転機?

どうしても上手くいかないときってありますよね。


悩んでも悩んでも解決できないことはあります。解決策を探しても自分では見つけられないときってあります。なんとかしたい気持ちは人一倍強いはずなのに、手も足も出ない状態のときってあります。


僕の場合は、体の中に雨雲が入ってきて、体中が雨雲に占領されているような感覚でした。


完全にどんよりとした雰囲気になっていることが自分でハッキリとわかりました。でも、どうしようもないと、そのまま布団に入ることは多かったです。


少し関係のない話です。以前テレビを観ていて、どこの経営者か忘れましたが、会社の売り上げを5%増やす目標を立てた時は、売上を5%アップすることは難しいという話をしていました。


今の環境のままで、ところどころを少し改善して、試行錯誤しても限界はそれくらいで、そんなに大した改善は出来ずに、5%アップすることもありますが、4%とか3%程度でとどまることが多いようです。


しかし、売り上げを200%、つまり2倍にしろ!と経営者が大号令をかけると、無茶な計画だと思いながらも試行錯誤することで以外に達成することができるという話です。そこで腐る社員となんとか努力する社員に分かれるそうです。


この話は、そのテレビを観ていた時に、ものすごく納得できたので今でも覚えているのですが、5%アップではなくて、売り上げを2倍にしようと考えた時に、社員ひとりひとりは、今までに考えたことのない発想になるそうです。


今までの、慣れきった環境や習慣に少し工夫するという発想ではなくて、今までのことは今までのことだと考えて、これから売上を2倍にするにはどうしたらいいのかを、新しい発想で考えるようになるそうです。


そうすることで、売り上げを5%アップではなくて、実際に2倍まではいかなかったそうですが、1.8倍とかになったそうです。5%ではなくて80%アップできた話です。


この話を聞いて、僕の頭の中に思い浮かぶことがあって、ターニングポイントってよく耳にすると思うのですが、「人生の転機は〇〇がキッカケでした」と発言する人っていますよね。


「私の人生のターニングポイントはこれでした」みたいなことを語る人は多いです。


それで、僕の場合のターニングポイントって何だろうと考えた時に、多分僕が対人恐怖症でどん底を味わった時の気持ちがそうなんだろうと思います。


手も足も出ない状況の時に「どうにかしないと」「このままではダメだ」という危機感のような気持ちが強かったと思います。


それで、出来もしない、やったこともない、自分には向いていないと考えていた営業をすることになったのですが、そのお蔭で今の自分があると思います。これが、転機なんだと思います。


もし、営業職を選ばずに、今までのように流れ作業や軽作業などのアルバイトをしていたら、今の自営業をすることはなかったと思います。


多分ですが、どん底を味わったことがないと、転機って訪れないんだろうなと思います。どん底に落ちれば今までと違う発想にならないとしょうがないですし、今までの習慣や自分で勝手に考えていた自分の限界の枠の外で考えるようになると思います。それはそうですよね、今までの枠の中で悩んで悩んで解決できないんだったら、枠の外で考えないと解決できないですから。


手も足も出ない状況の時ってまさにその時で、深く悩んで解決できない問題がでてきたとき、今までにない発想をするので、今までにない自分が見つかるチャンスなのかもしれません。


もし、対人恐怖症で手も足も出ない状況の人がいたら、今がその転機になる可能性があると思います。


もちろん、対人恐怖症と上手くつきあいながらの話ですが、自分には何ができるのかとか、本当に一番したいことは何なのかとか、自分自身の限界ってここまでなのかとか、色々と深く考えていくことで、どん底を抜け出すキッカケを今までにない発想で思いつくことがあるのかもしれません。


対人恐怖症は辛いです。辛いですけど、それに耐えながらできることってあると思います。将来の目標に向けて、辛いながらでも勉強を始めることが自分の転機になることもあると思います。


職を選ぶときにも自分自身の勝手な思い込みで「この職業は自分には無理だ」と今までの自分の経験という小さな枠の中だけで考えたり、固定観念での自分の枠からはみ出さないようにすることはあります。


ですが、どん底を経験した人にとって、人生の転機はすぐそこにあるのかもしれません。


逆に言うと、どん底を経験していない、危機感のない状態では、転機が訪れることがないのかもしれません。なので、どん底に落ちた時は、自分は何がしたいのかとか、何だったらこの状況から抜け出せるのかとかを、今までにない新しい発想で深く考えることで良い方向に向かうことはあると思います。


文章が長くなって、自分で何が言いたいのかがよく分からなくなってきました。


ただ、僕が言いたいのは、どん底に落ちても大丈夫っていうことです。いずれ雨は止むという事実がありますので、大丈夫っていうことです。


生きていればなんとかなります。苦しいのは気持ちだけです。気持ちは自分でコントロールできるようになります。







友達の基準ってなんだろう?っていうか友達って必要?

もうだいぶ前ですが、テレビで心理学の植木理恵さんが「友達100人できるかな」とかではなくて「友達はそんなに必要ない」という教育があってもいいのではないかと言っていました。


この考えには僕も賛成です。むかし何かのCMで、「友達100人できるかな」みたいなフレーズがあった記憶があります。ランドセルのCMでしたっけ?よく覚えていません。


小学生か中学生になるときに、新しい環境で友達をたくさん作りましょうねみたいな意味だったので、たしか僕にとってはプレッシャーになっていた記憶があります。


植木さんの話では、友人の基準は、その相手の前で号泣できるかできないかだそうです。号泣できるのであれば友達で、号泣できないのであれば友達ではないという考え方です。


友達の基準としてはハードルが高すぎのでは?と感じました。


この考え方で言うと、僕は友達が一人もいないんだろうと思います。


ただ、一般的に友達といえば、号泣できなくても悩みごとを聞いてもらったり、逆に聞いてあげたり、一緒に遊んだりする程度でも友達っていいますよね。


友達って、人それぞれ基準が違いますから、よくわからないですが、どちらにしても100人は必要ないですよね。


2、3人仲の良い友達がいれば十分ですし、あまり気が合わないのであれば、それなりに会話するだけの仲でもいいんだろうと思います。


しかし、対人恐怖症だと10人いれば10人全員と気持ちよく会話しようと考えることはあると思います。僕の場合がそうでした。


僕自身のことを振り返ってみると、中学生の頃は仲の良い友人は数人いましたが、あとは人見知り状態というか、なんとなく気軽には話せないと考えて、「自分は友達が少ない」「社交的ではない性格なんだ」と思っていました。


当時、社交的でないことは悪いことというか、人としての欠点とか弱点のように考えていたところがあります。


今思えば、社交的でなくてもそれも個性ですし、世の中の人が全員社交的だったら、それはそれで嫌ですよね。


なので、社交的でない人がいることは、当たり前ですし、逆にそういう人が必要な部分もあるんだと思います。


僕自身、未だに社交的ではないですが、それなりに楽しくやっています。どうなんでしょうか、友達って多い方がいいのでしょうか。


考え方は人それぞれなので、様々な意見があると思いますが、2人くらいいれば良いのかなって思います。


ただ、周りを見渡してみると、楽しく皆で騒いだりしているので、一人一人が全員と物凄く仲が良いように見えることはあると思います。


対人恐怖症だと特にそういうところがあって、周りの人はすごく仲が良くて、自分以外は皆社交的なんだと感じることはあると思います。


ですが、実際はそんなに仲が良くなくて嫌いな相手だったとしても、愛想よく相手に合わせて会話していることは多いです。


なので、友達が少ない人ってけっこう多くて、社交的な人でも実は友達のように見える接し方が上手いだけで、実際は友達ではないけど(嫌いな部分があっても)笑顔で気軽に話しかけたりしているところはあると思います。


上手く立ち回っている感じですね。


人付き合いが器用にできる人もいれば、ちょっと不器用な人もいますよね。


社会人になった時に感じましたが、やはり、社交的な人の方が得をするっていうか、仕事はやりやすいですよね。出世も早いでしょうし、上司に気に入られることは多いように思います。


だからといって、対人恐怖の人がそこを基準にすると、しんどくなりますし、自己嫌悪になったりすると思います。


「あいつは、無愛想だけど性格は良いやつだ」「無口だけど信用できる」「人見知りなところはあるけど仕事ができる」などと、理解してくれている人はちゃんと理解してくれていろことは多いです。


そういう人がいても良いんだと思います。それが個性ですし、不器用な人の方が魅力的だと感じることは多いです。


僕個人の意見ですが、不器用だけど頑張っている女性はすごく魅力的に見えます。素直に「かわいいな」って思いますし、目を見て話すのが苦手な人っているんですよね。


それでも頑張っている人って「ちょっとメンタル弱いんだな」と感じるくらいで、それで嫌いにはならないですし、僕的にはすごく興味が湧いてきて「話しかけてみよう」という気持ちになります。


なので、友達の基準は人それですが、無理に友達を多くする必要はないんだろうなって思います。


「こういう感じにならないと、周りから受け入れられない」という自分なりのこだわりはありますが、実際は、そういう感じではなくても受け入れられるのだと思います。


ちょっと背伸びした自分を受け入れてくれる相手より、背伸びしていない自分を受け入れてくれる人とだけ友達になれれば十分だろうと思います。


ちょっと背伸びすると緊張するので、上手く笑えないんですよね。リラックスしている状態でないと、どんな人でも上手く笑うことはできないんだと思います。


表情恐怖症でも、表情恐怖症じゃなくても、リラックスしてないときは上手く笑えないんだと思います。


なので、リラックスして会話するには、背伸びをしていない自分を受け入れてくれる相手を探す必要があるのかなって思います。


そういう友達とか恋人がいれば、そんなに多くの友達は必要ないですよね。

対人恐怖症を治すために必要なことのまとめ的なリスト

以前、対人恐怖を治すための3点セットの記事を書きました。ごめんなさい、その記事って結構ふるい記事で、僕がブログを書き始めた当時の記事です。7年前とかそれくらいだと思います。


僕自身、それくらい年数がたつと考え方とか変わっていますし、今読み返すと正直「よくこんな記事書けたな」って思う記事があります。ちょっと恥ずかしいです。


なので、今だったら、このほうが良いのではないかと思うことを書きます。今から5年後、10年後に自分で読み返したときに、また考え方が少し変わっていることも考えられるのですが、とりあえず今思うことを書こうと思います。



1、人をバカにしない
2、愛情とか思いやりで人の話を聞く
3、不安な場面に少しずつ慣れる
4、自信をつける
5、自分の嫌いな部分を自分の一部だと認めてあげる
6、他人の嫌いな部分を他人の一部だと認めてあげる


という感じで、書き出すと以前書いた3点を大幅に超えそうですし、まだ思い当たることがあれば追加しそうな気もしています。


「全然まとまってないじゃないか!」って怒られそうですが、僕なりに大切だろうと思うことを書きました。


一つ一つはブログでちょこちょこ書いているのですが、全記事読む人ってほとんどいないと思うので、まとめ的な感じで書き出してみました。


対人恐怖症は急になるものではなくて、じわりじわりと症状がでてくるものだと思います。何年も掛けて少しづつ対人恐怖症になるのだと僕は考えています。なので、突然対人恐怖症になる人もいるでしょうが、僕のように時間を掛けて対人恐怖症になった人のほうが割合で言うと多いと思います。


ですので、今までの自分の行動や考え方のどの部分が、じわりじわりと対人恐怖症になる原因になったのかを考えて、思い当たる部分があれば、それをさかのぼって修正していく必要があるのだろうと思います。


治すのに時間が掛かるのは、そういう理由だからだと思います。


なので、自分一人で悩んでいても、時間が掛かりますから、専門のところに相談に行くことは考えた方が良いと思います。専門に勉強している人に相談するのが一番早いですからね。


ただ、このブログは、どうしても専門のところに行きたくない人や、行けない人が自分でなんとかできないかということを、僕なりに考えて書いていますので、大切だと思うことをまとめ的な感じで書き出しました。


ひとつひとつは、理由があって書いていますので、ひとつひとつ詳しく書こうとは思ったのですが、また時間のある時にします。僕的にはひとつひとつが物凄く効果のあることだと感じています。


逆に言うと、これをしないと対人恐怖症は治らないとさえ思います。まぁ、完全に個人的な考えなので本当にそうなのかはわかりませんが、僕の経験からではそういうことです。


沢山あって、難しそうと感じる人もいるかもしれませんが、2、愛情とか思いやりで人の話を聞く。3、不安な場面に少しずつ慣れる。4、自信をつける。は明日から行動できることなので、とりあえず、2,3,4は行動に移すことができると思います。


2、愛情とか思いやりで人の話を聞く。これは、いつもブログで書いているので読んでくれている人は理解できると思います。


3、不安な場面に少しずつ慣れる。これは、プチ認知療法の記事に書きました。


4、自信をつける。これは、もう一個のブログに書きました。


残りは、どこに書いたか忘れましたが、どこかに書きました。もともと僕は適当な性格な部分があるので、普段はこんな感じです。



自分のマイナスな部分を気にしない方法

自分で自分の嫌いな部分って誰にでもありますよね。無い人もいるのかもしれませんが、普通はあると思います。


僕の場合は対人関係が苦手なことが自分の嫌いな部分です。未だに社交的でないとダメだって感じることはあります。


明るくて、ニコニコしている人を見ると羨ましい時があります。


親戚が集まる場や他人に合う時は、ほとんど緊張しませんが、どうしても社交的でないとダメだっていうことを意識してしまいます。


社交的でなくてもいいんだと理解しているつもりでも、実際は少し意識してしまうことがあります。


親戚が集まる場所に行くときは、さすがに僕の妻でも「愛想よくしていてね」と無愛想な僕に言います。


僕が、「それが一番難しいじゃん」って言うと、何故か爆笑して、僕も爆笑しています。わけがわかりません。


無愛想でも、社交的でなくても大丈夫だということは分かってるのですが、実際は愛想良くて社交的なほうがウケがいいんですよね。


僕自身、こういった集まりの時は、少し愛想よくすることにしています。


以前の僕だったら、愛想良くしようとして上手くいかなかったら相当悩んだと思うのですが、今は悩まなくなりました。


こんな場面で、僕を支えてくれているのが、自信です。無愛想でも社交的ではなくても悩まずにいられるのは自分に自信がついたからだと思います。


なので、自分がマイナスと思う部分があれば、違う部分で自信をつけることで、そんなに悩まなくなるんだと思います。


例えばですけど、人見知りな人は人見知りはマイナスな部分だと考えると思いますが、そうであれば、違う部分で自信をつける努力が必要なんだろうと、あらためて感じます。


人見知りがマイナスな部分だと考えて、人見知りを直そうとしても何年も掛かるでしょうし、もともと人見知りな部分ってある程度は必要なものですし、根本的になくそうと考えてもゼロにはならないと思います。


人見知りをなくそうと考えたり「人見知りな自分はダメだ」と自分で自分をイジメてクタクタになるくらいだったら、人見知りな自分を認めてあげることは必要だと思います。



ですが、人見知りな自分を認めてあげることって凄く難しいんですよね。文章で書くと簡単なのですが、実際は難しいです。


自分の嫌だと感じている部分を自分で認めてあげることは、難しいですし、それが出来ないから悩むのだと思います。


僕の場合は、「自信を持つ」ことで、それができるようになりました。


それで、結局何が言いたいのかというと、対人関係が不器用で悩むことが多いのなら、周りから好かれるタイプの人間に自分を変える努力ではなくて、今のままの自分で大丈夫なんだと思えるように、対人関係以外の部分で自分に自信が持てるように努力することが一つの方法ではないかと思います。


何か一つでも良いのですが、自分自身に「よく頑張ったな」って言えることとか、「よく達成できたな」って言えることがあれば良いのだろうと思います。


一級の国家試験とかもそうですし、普通の努力では難しいものを自分のものにできると、自信になります。その自信が自分の支えになるんだと思います。


そうすると、誰かに支えてもらわなくても大丈夫になって、自分の力で前に進むことができるようになると思います。


色々な事情があって、最近は外出をほとんどしていないという人の場合でしたら、時間はあると思います。その時間を利用して、自分にできることって何だろうとか考えていくと、何か目標が見つかることはあると思います。


目標が見つかれば、中途半端にせず全力で取り組むこと自体が自信にもなりますし、目標を達成できた時はさらに自信が付いているのではないかと思います。


なので、周りから好かれるタイプの人間になることを目標にするのではなくて、自分から好かれる人間になるために、自分に誇りをもてる何かを探すことも大切だろうと思います。


大きなことをしなくても良いと思いますし、小さな自信でも良いと思います。そうやって、自信を付けながら普段の生活をしていると、少しずつ対人関係にも自信がもてるようになると思います。


何も頑張らない人生でも、何かに頑張った人生でも、それがその人の人生なので、できれば何かに頑張りたいですよね。


僕が物凄く頑張っていた時期があったのですが、そのときって、朝起きることが苦痛ではなくて、やる気で目が覚めるって感じでした。(この時期はイメージトレーニングをしていました)


どんだけ頑張っても疲れるのは体だけなので、夜に寝れば大丈夫だろうという感覚で、クタクタになるまで行動しました。毎日そんな感じで行動していると、なんとか目標を達成していました。


世の中のほとんどのことは、気合でなんとかなると思います。オリンピック選手になるとか、そういう例外ももちろんありますが、気合で解決できないことはほとんどないと思います。


僕は「夢の途中」という言葉が好きです。どこかの記事に書きましたが、目標に向かって努力している時の、自分の気合が好きなんです。ナルシストなんでしょうか?


「夢の途中」の自分には、怖いものがないんですよね。周りからマイナスことを言われてもビクともしない状態です。


自分の足を引っ張るのはマイナス思考の自分自身な場合もありますが、現実は周りからマイナスなことを言われて足を引っ張られることもあります。


次回、足を引っ張られても大丈夫になる目標の立て方の記事を書きます。僕の考え方なので、我流で意味が分からないかもしれませんが、書こうと思います。

夢を叶える。目標を達成する方法

以前、テレビでプロ野球選手の松坂大輔さんがメジャーにいくときだったと思うのですが、「夢ではなくて目標でした」というようなことを言っていました。


叶えられないのが夢で、叶えられるのが目標という意味だったと思います。


僕自身が目標を達成できた時のことを書こうと思います。


なんとなく、ぼんやりと明確ではない夢を描いていても、達成することは難しいと思います。


例えば、自分の夢をノートの一番上に書きます。そして、その下に「そのためには何をすればいいのか?」を書き出します。その下に、その書き出したことが出来るようになるためには「何をすればいいのか?」を書き出します。


こうやって、どんどん書き出していくと具体化していきます。


修正しながらですが、書き出していくと、具体的なイメージが湧いてきますよね。そして、最終的に明日は何をすれば良いのか?一週間で何を目標に頑張れば良いのか?今から一か月間でやるべきことは何か?ということが、鮮明になっていくと思います。


もともと、ぼんやりとしていた夢を実現するために、より鮮明な目標にして、最後に予定にまで落とし込んだときに、実際に行動に移すことができると思います。


周りから何を言われても「今日一日、これをすれば大丈夫です」と確信をもって言えるようになるくらいの予定です。


夢を実現するためには、1日単位での目標を達成するための自分の予定を明確にする必要があると思います。


例えば、4年後に自分の夢を叶えようと考えた時に、1年目は「ここまで達成する」2年目は「ここまで達成する」といった感じで、まずは、少し長いスパンで考えます。


そうすることで、最初の1年間で達成するべきことが明確に決まります。それを1日単位での予定にまで落とし込んだときに、「夢は実現できる」という確信が持てるようになると思います。


実際に僕の場合がそうだったのですが、一日一日の目標を達成するための、自分の行動予定を明確にすることで、「今日これをすれば、4年後に夢は叶う」という確信が持てるようになります。


今考えると、当然と言えば当然なのかもしれませんが、いくら予定を立てたからと言って、そんなに上手く予定通りには行かないことがあります。


その場合は、その都度予定を変更しなければならない状況になります。4年間という期間の設定が上手くいかずに、4年間ではなくて「5年間で夢を叶える」という設定に変更する場合もあると思います。


しかし、今日一日で「自分がやるべきこと」を明確に予定にまで落とし込むことで、修正しながらではありますが、必ず夢は達成できると思います。


何故かというと、「今日これをすれば必ず夢は実現する」ということを確信が持てるまで考えたはずだからです。


なので、目標に向かって努力している途中で、何かに足を引っ張られることはありますが、それが自分自身であっても他人であっても、「今日これをすれば必ず夢は実現する」と言葉にして言えると思います。


モチベーションって必ず下がるんですよね。逆にモチベーションさえ維持できれば、ほとんどのことは達成できると思います。


モチベーションが下がる理由は、自分のマイナス思考が出てきたときや、他人からのマイナス意見がでてきたときだと思います。


こういった状況で、僕の場合は、「今日これをすれば必ず夢は実現する」ということを確信が持てるまでの予定にしたことで、モチベーションをなんとか維持することができました。


中途半端な確信だと途中で自分がマイナスに考える時期が来たときに、そのままマイナスな方向へ自分で誘導してしまいますし、他人からの外乱(マイナスな言葉)に影響されてしまいます。


なので、「これならイケる」という確信がもてるまでの、予定を考える必要があると思います。


あとは、イメージトレーニングです。実際に目標を達成した後の自分の姿を鮮明にイメージすることで、ついつい、知らず知らずのうちに、成功する行動をとるようになります。ゴールをイメージする方法です。


そして、もっと大切だろうと僕が実感したのが、明日の自分の行動をイメージトレーニングすることです。将来のイメージも大切だと思うのですが、明日の自分が予定通り行動しているイメージを鮮明に描くことで、実際に次の日上手くいくことが多かったです。