対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

好きなことを続けられる例は少ない、続けられることを好きになろう

斎藤茂太(さいとうしげた)さんの「いい言葉は、いい人生をつくる」という本からです。

「好きなことを続けられる例は少ない、続けられることを好きになろう」

小さな妥協は小さな人物でもできるが、
大きな妥協は大きな人物にならなければできない。
《松永安左衛門》

人は極端になにかをやれば、必ず好きになるという性質を持っています。
好きにならぬのがむしろ不思議です。
《岡潔》

それをする以外に生活費を稼ぎだす道がなかった人が、神経をすり減らし苦痛を抑えて営業をつづけた話で、営業トークも下手でお世辞も言えない人が、気がついたら、営業が苦手という意識がなくなり、自分流の営業法があると考えるようになって成績を伸ばしていったという内容です。


僕は、対人恐怖症で人付き合いが苦手だったので、転職を繰り返していました。アルバイトなどは3か月で辞めたり、ひどい時は2日で辞めました。

日給1万円の土木作業などもやりました。雨の日は仕事がなく月収15万円前後の時もありました。若い時はいいのですが、だんだんと必要な月収はあがりますよね。

僕の場合は、自分には絶対無理だと思い込んでいた営業をするきっかけになったのが、「稼ぐのはこれしかない」って思ったからです。

求人雑誌などを見ても自分にできそうな仕事はあまりないですし、やりたかった職種は給料が安すぎて選択肢に入りませんでした。

「とにかく稼げる仕事を探す!」

という思いで「月収80万円以上可」と書いてある会社に応募して完全歩合制で頑張りました。最初は苦労しましたが、営業に向いているというか、なんとかやっていけることが分かったので結局8年くらい続けることができました。

対人恐怖症でもできる仕事って、実際やってみないと分からない部分があるんだと思います。一度飛び込んでみるのも一つの選択肢でダメだったら他を探すというやりかたです。

多分、対人恐怖症が原因で職を転々としていると、周りは「なにやってんの?」とか「正社員になりなさい!」とか「いつまで派遣なの?」とか「みんな我慢して続けてるでしょ?」とか言うと思います。

しかし、自分が対人恐怖症だということを周りに伝えていない場合は、何も反論することができないことはあると思います。

正社員で一生勤めることが良いということは、他人に言われなくても自分自身が一番理解していることだったりすると思います。僕はこれが辛かったです。

自分だけがふらふらして安定した仕事もなく自分が嫌になります。

以前の僕と同じような環境に今いる人がいれば、その状況での気持ちの持ち方を対人恐怖症の先輩としてアドバイスさせて頂こうかと、頼まれてもいないのに勝手に思っています。まー、10年前の自分に向けたメッセージみたいな感じなんですが・・・・。

それは「一本の筋を通す」ということです。

誰になんて言われようと、自分の人生なので自分の歩く道は自分で決めるということです。親や恋人に「また仕事やめてきたの?」と言われても、それで落ち込むのではなくて「それが俺のやり方なんだ!」と自信を持って言いましょう。

対人恐怖症だと人付き合いが苦手で長続きしないということを、自分自身は分かっていますよね?自分の行動が自分自身で理解できるのならそれでいいと思います。

もちろん、感謝の気持ちをもつとか、愛情をもって接するとか、考え方のクセを理解したりとかの努力をした結果で転職を選んだ場合です。

対人恐怖症とは関係ないですが、こだわりを持った人っていますよね。周りからはちょっと変わった人と思われることもありますが、それがカッコよかったりしますよね。

「これが俺のやり方なんだ」って思うことで「一本の筋が通る」ということです。

「このやり方が気に入らないのなら縁を切る」とまでは言わないですが、それくらいでもいいのかなって思います。

転職を繰り返しながら自分に合った仕事を探して、その経過で自分なりの努力をしていればそれで良いと思います。

対人恐怖症を改善するには、環境を変えてみることも大切だったりします。感謝の気持ちをもつとか、愛情をもって接するとか、考え方のクセを理解するということを努力して、その結果、転職を考えるのはありだと思います。

ただ、そうやってチャレンジし続けると自分が苦手だと思い込んでいたことが好きになったりすることはあります。

嫌だと思っている仕事でも頑張り続けて、給料があがってくると、自然にその仕事が好きになってくる場合はありますよね。


追記

福山雅治さんの「道標」みちしるべ
ご存知だと思いますが、いい歌ですよね?

この曲を聴くとつい泣きそうになるのですが、「やりたいことも我慢して育ててくれた、その手が好きです」っていう歌詞で、僕は母子家庭だったのですごく理解できる曲です。

うちは、3人の子供を母が育ててくれたので、自分がやりたい仕事とか言っている場合ではなかったと思います。食べさせるのがやっとで、とにかく仕事をしていたと思います。

給料は少なかったので、バイトもしていました。

人は器が大きくないと妥協はできないのだろうと思います。誰かのために自分を犠牲にできる人は器が大きいのかなって思います。

独身の場合は、自分のやり方を通すことができますが、結婚すると職種は選べないっていう場合はあると思います。家族を養うために好きではない仕事をすることも必要だったりすると思います。

こんな自分でも愛される

僕のことを好きだと言ってくれる人がいる。

その人は僕が隠しているつもりの「弱い自分」を知っていた。そして、隠そうと努力していることも知っていた。

そんなことを知らずに僕はいつまでたっても「弱い自分」を隠くせているつもりでいる。

僕のことを好きだと言ってくれる人は「早く本当のあなたを見せてほしい」と思っている。

相変わらず、僕は自分の弱さを隠し続ける努力をする。

いいかげん、愛想つかされて嫌われる。

嫌われる前に正直に「僕は弱い人間です」と言えばよかった。

弱い僕でも愛されていたんだから。

でも、その人とは二度と会うことはないだろう。

じゃぁ、今度誰かに愛されたときは、最初っから「弱い自分」でいよう。

「弱い自分」でも愛されることは分かっている。

まだ、確信は持てないが、過去の経験から「こんな自分でも愛される」ということは理解できた。

今度は、自分の弱さを隠すために、強い自分を演じる努力をやめて、弱い自分を隠さない努力をしよう。

《持っていないもののことを気にしていると、持っているものを無駄にします。》

無愛想を無理に愛想良くしなくても、気持ちは伝わります。

無愛想な人っていますよね

10年前、僕は無愛想でした。そして、現在も無愛想なほうです。

ただ、10年前と違うのは「自分は無愛想」ということで苦しまなくなったことです。

「にこにこ」していないとイケない。
「気分がいいフリ」をしないとイケない。

などと考えて、苦しんでいました。

「自分が無愛想」ということで苦しんでいる人は、ちょっといい方法があります。すごく細かい例で説明しようと思うのですが、個人的な考えなので参考程度にして下さい。

基本は「相手の立場を理解する」というだけのことです。簡単ですよね。

僕の経験上、対人恐怖症だと常にイライラします。そして、無愛想になります。イライラするときは「自分に原因がある」なんて言いますが、その通りだと思います。

例えば、コンビニのレジでならんでいるとき、レジの担当のアルバイトのこが遅くてイライラして無愛想になった場合ですが「このバイト遅いな、早くしろよ!」とイライラするより「レジ大変だろうな、愛想よくしないとダメだろうし、時給もそんなに良くないのに頑張ってるな」と思うことができると幸せですよね。

思いやりの気持ちがあると、レジでお金を払ったあと自然に「ありがとう」って言ってしまいます。この場面では自分が無愛想で無表情であったとしても、気持ちのこもった「ありがとう」を言うことで気分がよくなります。

こんな感じで、日常生活の中でイライラすることって多いですよね。車を運転している時、自転車通学の途中、歩いている時など様々な状況があると思いますが、少しだけ「相手の立場を理解する」だけで自分が楽に生きることができるのだと思います。

そうやって、今日一日の中で「イライラする時間」を少し減らしてみませんか?

毎日の場面場面で「相手の立場を理解する」ことを実践していくと、一か月後には「イライラしている時間」が少なくなっていることに気付くと思います。

僕が車を運転しているときは、妻によく注意されました。

僕が「前の車遅いなー!」ってイライラしていると「もっとゆっくり車間距離あけて走ってあげれば。もし前の車が私だったら怒らないでしょ」とかです。

たしかに、妻が運転している車なら遅くてもイライラしないです。何故かというと「妻はどんくさい。目が悪い」のを知っているからです。相手のことを理解できているからだと思います。

誰かが隣にいて、その都度注意してくれるといいのですが、いない場合は自分自身で注意していくことも必要なんだと思います。

イライラする時間が減ってくると、気分がよくなりますから「自分は無愛想だから愛想よくしよう」っていう考えが無くなってきます。

何かをはじめると、何かをしなくなる。

ついつい悩んでしまいますよね。

今日一日、必死で頑張って、自分なりの努力をした。その結果、解決しないことはあります。当然僕もありました。

頑張っても、誰も認めてくれないことはあります。

1人で悩んでいると、今日一日の自分の嫌な行動とかを思い出して何回も何回も反省してしまいますよね。僕は何年も続きました。

悩み事の中には、悩んですぐ解決できる問題ではない場合があります。

何度でも書きますが、今の自分が何点か?は関係ないです。
どの方向に向かって努力するかが大切だと思います。

例えば、足の遅い子が一生懸命、走る練習をしている姿は美しいですよね。
バスケットボールで下手くそな子が頑張って人一倍努力しているとカッコいいですよね。
言葉にするのが苦手な子が頑張って話そうとしている姿は愛おしいですよね。

人は、努力に感動し、愛情を感じるんだと思います。

感動する映画やドラマはサクセスストーリーが多いですよね。逆境を乗り越えて成功したり幸せになったり。

映画の終盤で逆境を乗り越えるこはわかっているけど、どうなるんだろう?ってドキドキしながら観ることは多いです。

《何かをはじめると、何かをしなくなる》

悩み事が無駄な場合は、何かをはじめると悩まなくなることはあると思います。そもそも、悩んでいる時間が無駄な場合があります。

悩んで解決しないことなら、悩む価値がないのかもしれません。

《積極的に行動し、結果は一切きにしない》

自分なりの努力をして、結果は気にしない。
翌日、自分なりの努力をして、結果は気にしない。
その翌日、自分なりの努力をして、結果は気にしない。
その翌日、自分なりの努力をして、結果は気にしない。

この方法なら、今の自分が何点かを考える必要がなくなり、一日一日を少しづつ進むことが出来そうです。

ただ、自分なりの努力っていうのがポイントで、1人で悩んで1人で解決しようと考えると、間違った努力を繰り返すことになります。実際、僕がそうでした。誰にも相談せずに間違った努力を繰り返してきました。当然ですが、必死で努力し成果がでないと誰だって落ち込みますよね。

以前書きましたが、間違った努力って、本当にあるんです。

自分の未来は何通りもありますよね。

ついつい知らず知らずのうちに、自分の過去の経験だけで「自分の将来像」を決めつけることがあると思います。

「自分の未来は多分こうだろう」とかです。

人は未来をイメージするとそれを証明するかのように実行します。以前書きましたが、平均台で失敗するイメージをしていると「失敗する自分」を証明するために実行して失敗します。(間違った努力)

未来の理想の自分をイメージすることで成功できます。

イメージで成功することは既に有名な方が証明していますよね。

ですので、未来は変えられるんだと思います。そして、過去も変えられるんです。

例えば、僕の劣等感は貧乏ですし、対人恐怖症で楽しい人生ではありませんでした。しかし、その劣等感からか「とにかく社長になりたい!」とイメージを繰り返していました。

現在、個人事業ですが社長です。

イメージすることで成功できるのは何故か?

それは、理想をイメージすることで、自分に必要な情報を見逃さないからです。そして、自然に自分が必要なスキルを情報収集してしまうのです。

イメージするだけで簡単に成功するということではなくて、イメージすることで自分が「正しい努力」をするようになるんだと思います。

成功すると、辛かった過去は「成功するための過程」という記憶になります。なので、劣等感や対人恐怖症の嫌な思い出の捉え方がかわります。過去は変えられます。

イメージで成功するために、実際にやってほしいことがあります。

それはモデリングなんていいますが、憧れている人を真似することです。しゃべるのが苦手な人は、トークの上手い人を真似る方法です。

僕は、新規の顧客を開拓するために営業活動もしていますが、トークの上手い人の動画を繰り返して何回も何回も観ています。そうすると、なんとなくトークが上手くなったように感じてきます。すこしだけ、その人を自分に置き換えて観る方法です。

これが、結構効果があって、説得力が出てくるんです。

何かに集中しているときは、軽い催眠状態だそうですが、説得力があり、トークの上手い人の動画を観て集中している時はアルファ波が出ているんだと思います。

yutubeで説明の上手な人の動画を探すと結構多いですよ。
これは、本当に効果があるので試してほしいです。

《悩む時間があるならモデリング》

完璧な人を目標にするより、親しみやすい人になろう!

世の中には色々な人がいます。

僕が近寄りにくいと感じる人は、何でも完璧にこなす人です。ハキハキとしていて、見た目もかっこよくて、成績も優秀な人だと、自分とは別の世界の人に思えて近寄りづらいと感じることがあります。

異性間でも、完璧な人より頼りない人の方がモテるそうですね。

自分に何か足りないと思っている部分が、実は人を惹きつけている場合もあると思います。例えば超ステキな笑顔の人より、恥ずかしそうに笑っている人に魅力を感じることがあります。

芸能人やアイドルだと、超ステキな笑顔のほうが人気が出るのかもしれませんが、普段の生活の中だとあまりにもステキな笑顔だと「何かたくらんでるぞ」とか「おもてうらがありそう」と感じることはあります。

そう考えると「そこそこ」の方が楽しく生きられるのかも?

頑張って100万ドルの笑顔を作っても「人当たりが良いだけの人」と思われることもあると思います。もちろん、100万ドルの笑顔で人当たりが良いだけじゃくて、性格も良くて、心の底から「いい人だ」と思える人はたくさんいます。

僕自身、100万ドルの笑顔の人に憧れますし、そうなりたいとも思っています。

でも、最近は「笑顔はそこそこだけど、思いやりのある人」でいいんじゃないかって思います。笑顔が素敵な人と会話していると、こっちも元気がでてきますし、楽しくなるので、そういう人になれるといいのですが、「笑顔はそこそこだけど、思いやりのある人」で充分楽しく生活はできますし、何故か親しみやすい存在にはなれると思います。

少し頼りないと思われるくらいが、周りからの協力も得られますし、恋愛も上手くいくことがあると思います。

チェーン店などで、若い25歳前後の人が店長していたりしますよね。周りにいくらでも40前後のベテランがいるのに、あえて経験の少ない20代の人を店長に抜擢していたりします。

これは、人材を育てる意味もあるのだと思いますが、ちょっと頼りない人を店長にすると、まわりが協力的になることで、上手くいくことを考えているんだと思います。

なので、完璧なひとを目指すより、少し欠点があるほうが上手くいくことはあると思います。

《人の不完全さはダイアモンドより美しい》

不満こそ、人を成長させる。安定すると進化が止まる。

不満こそ、人を成長させる。
安定すると進化が止まる。

色々な方がいっています。

同じ意味だと思うのですが、納得できますよね?

誰でもそうだと思うのですが、安定したり、満足すると、人は成長しないようです。自分には「何か足りないぞ!」と思う気持ちがパワーになることがあります。

逆に、全てに満足すると、それ以上成長しないということでしょうか?

満足感や安定を目指して頑張っているのに、達成してしまうと、安心してそれ以上成長しないものなのかもしれません。

そうであれば「自分には何か足りないぞ!」と感じているときが頑張れる時期なのだと思います。

自分が成長できるチャンスと考えることができます。不足感があるうちに色々なことを勉強したり、挑戦したりしておかないと、後悔することはあると思います。

人は死ぬ時に、挑戦して失敗したことよりも、やらなかったことを後悔するそうです。

ウサギとカメの話も、同じようなところがありますよね。

ウサギは足が速いので満足して余裕ですが、カメは足が遅いということを自分で理解しているので、頑張ります。

不満足感があれば成長できるのかもしれませんよね。

答えは誰が言う?

僕が対人恐怖症で悩んでいる時のことです。

何人かで会話している時に「あれって、なんだっけ?」とみんなで答えを探すことがありますよね。僕の場合ですが、誰よりも早く「〇〇だよ!」と答えようと頑張ることが多かったです。

誰よりも早く答えをだすことで「頭が良い人」「知識が豊富」と思われたいと考えていたのだと思います。

これは、自分に自信がないために「かしこい自分」をアピールしようと頑張っていたのだと思います。実際にいちはやく答えをだすことができたときは、多分「ドヤ顔」になっていたと思います。

ただの自己満足ですよね。本人は気分がいいです。

ですが、少し気持ちに余裕のあるときは「最後の答えは誰かに言ってもらう」ことも大切かもしれません。答えをだすことができた人は気分がいいですよね。

相手の気分が良くなることで、周りの雰囲気が良くなりますし、自分も居心地が良くなることはあると思います。

サッカーで例えると、キラーパスです。

最高のパスをだして、誰かがシュートを決めると、全体の雰囲気が良くなったりします。(サッカー部ではなかったので想像ですが)

独り占めして気分がいいのは自分だけです。

サッカーが下手な人が「自分はうまいんだ!」と必死でアピールしてボールを独り占めしていると、ちょっとかっこ悪いですよね。

しかし、自信がないときはアピールいてしまいます。少し冷静に考えてみると、そんなに自分を誇示しなくてもいいことに気付くことがあります。

なので、最後の答えは誰かに言ってもらうことが相手への心配りだったりすると思います。

たのしく仕事をするひと、嫌々仕事をするひと

普段の生活で仕事中の人に会うことは多いですよね?

ガソリンスタンド、コンビニ、ガードマン、銀行など普段利用する場所で会話することは多いです。色々な人がいますよね。

にこにこ愛想の良い人、やる気のないオーラがでている人、店員同士でしゃべりまくって仕事しない人と様々です。

僕が流れ作業っぽい仕事をしているときは、やる気のないオーラ全開でした。対人恐怖症だったせいもありますが、それ以前にやりがいを感じることができなかったからです。

「なんで僕はこんな仕事しているんだろう?」と考えて、ふてくされていた時期はありました。同じ仕事をしていても楽しそうにして頑張っている人も多かったです。捉え方次第ということでしょうか?

こんな話があります。けっこう有名な話みたいなので、覚えておくといいかも?

旅人がレンガを積んでいる3人の職人に出会いました。

そして、その3人に「何をしているの?」と聞きます。

1人目は、ちょっと怒った感じで「レンガを積んでいるんだ!見ればわかるだろ!」
2人目は、普通に「レンガを積んで壁をつくっているんだ」
3人目は、丁寧に「レンガを積んで家の壁を造っていて、ある人の為にステキな家を造ろうと頑張っているんだ」

と答えたそうです。

同じ仕事でも気の持ち方、観念、捉え方で全然違ったものになるという話です。

3人目の人がいちばん幸せそうですよね。給料は同じで仕事量も同じだったら、楽しく仕事したほうがよさそうです。