対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

対人恐怖症の治し方 

対人恐怖症の治し方をネットで色々と調べました。

結論から言うと、効果が期待できるのは認知療法と自律訓練法のようです。

認知療法の認知とは「ものの見方」「考え方」とかだそうです。

実際どういうものなのかは詳しいサイトがあると思うので「認知療法とか自律訓練法」で検索してみましたが、僕が探してわかりやすくて信用性のあるホームページだと思ったのが、このホームページです。

自律訓練法は以前の記事で詳しく書いていますので参考にしてくださいね。

「対人恐怖症の治し方」で検索すると色々とでてきたのですが認知療法に関して、大学の論文的なデータとかPDF版で詳しいのがあってものすごく研究されているようだったので、素人の僕が色々とここで記事にするのはさしでがましいというか逆に誤解をまねく場合もあると思うのでご自身で情報を探してください。

数多くカウンセリングされている方も対人恐怖の治し方っていう記事を書いておられて、認知療法と自律訓練法は効果が期待できるみたいです。あと薬も効果を確認できているって言っている人もいます。

情報をすべてまとめて考えると、専門機関で認知療法とか自律訓練法をするのが良いみたいですね。それをしながら抗不安剤みたいなものを利用する場合があるようです。

専門機関っていうのは、心療内科や精神科だったりカウンセリングのことです。

僕的には、テレビでよく見る心屋さんにカウンセリングしてもらったら効果ありそうに思いますが、これは人それぞれ意見がありそうですね。

対人恐怖症の症状として「吐き気」「めまい」なんかがよく出てくるのですが僕はそういう症状になった記憶はないです。ただ、席と席が狭いチェーン店に入って一人で昼ご飯食べるときなどは喉がつまりそうでした。吐き気と言うか、咳き込みそうな感じはありました。

症状って人それぞれで全然違うんでしょうね。

話は変わりますが、最近僕の妻が毎日のように「この本いいわー!」って言っている本があって、本のタイトルは忘れましたが、ちらっと聞いたのでは「病気の研究が進むほど病気の人が増える」って書いてあったみたいです。あまりちゃんと聞いていなかったので間違っているかもしれませんが良さそうな本だったら、また紹介しようと思います。「どうせ、また佐藤富雄さんの本じゃないの?」って思ってるんですがどうなんでしょう。わかりません。

テレビ見ていてもよく聞きますけど、金属アレルギーの話を聞いてからそれまで全く大丈夫だった人が金属アレルギーになったりすることって結構あるんですね。病名を聞いたから病気になったみたいな感じですかね。

このブログのコメントでも多いのですが「自分が対人恐怖症っていうのが分かって楽になった」っていう方多いですね。対人恐怖症の場合は逆なんですかね。僕もそうだったのですが病名がわかったら楽になりました。この辛さというか生き辛さは、自分だけじゃないんだって思いました。病名があるくらいなので自分だけが辛いわけじゃないんだって思いました。

完全に話が変わってしまったので元にもどしますが、対人恐怖症の治し方の話です。

最初に書きましたが、自律訓練法と認知療法がポイントになると思います。最近良いブログ発見して忘れましたけど、対人恐怖症のジュークボックスだったと思うのですが詳しく書かれていたように思います。メルマガもあったように記憶していますがなかったらごめんなさい。

探してきました。 この方のブログです⇒対人恐怖症のジュークボックス

自分の劣等感を理解して幸せな人生の過ごし方

僕の劣等感は「貧乏」です。

今は普通に収入があるので問題ないのですが、子供の頃は貧乏を意識していました。

以前書いたかもしれませんが、小学生のころ運動会か遠足か忘れましたがお弁当を持って行って外でみんなと食べるときのことです。

みんなお弁当を普通に食べているのに、僕だけがお弁当を持ったままソワソワしていました。

先生が声を掛けてきて「食べないの?」って言われたのでフタを開けて食べましたが。自分のお弁当だけおかずが少ないことは見なくても分かっていましたし、実際思い切ってフタを開けると全体的に量が少なかったせいかヘンに片寄っていて、しかもフタにおかずがくっついたりしていました。誰にも見られたくないと思っていたんだと思います。

今思うと、実際はそうでもなくて普通のお弁当だったと思うのですが、その時は「うちは貧乏なんだ」っていう思い込みもあったんだと思います。

先生はそのことを母に電話かなにかで伝えていたようで、家で母に「何でお弁当食べてなかったの?」って言われ僕は上手に説明できなくて、多分泣いていたと思うのですが母も泣いていた記憶があります。

話は変わりますが、自分の劣等感って分かっているようですが気が付かないでいる場合もあると思います。自分の劣等感ってなんだろう?そんなものはないよ!って思う人もいるかもしれませんよね。

対人恐怖所のとき、なぜか意識してしまう相手がいる場合ですが、その相手は自分にないものを持っていて「うらやましい」とか「すごい」とか考えているからだと思います。

以前の記事にも書きましたが、自分から見て尊敬しない相手というか自分より下の人に対しては緊張しない場合が多いですよね。なので、なぜか意識してしまう相手には「自分が劣等感を持っている部分に対して特に優れた人なんだろう」と、無意識に考えているんだと思います。

苦手な相手を思い浮かべてみることで「自分の劣等感はこれか」と気が付くかもしれません。

劣等感の裏返しみたいな感じでしょうか。逆に言うと人の良い部分を見つけることができているのかなーって思います。せっかく相手の良い部分を発見しているのに、それがだんだん嫉みっぽくなってきたり嫌いになっていったりする場合もあると思います。

苦手な相手を嫉妬深く思ったりしたとき、自分の劣等感は何なのかを気付くことができそれを理解することで自分のことを知るきっかけにもなるかもしれません。そして相手への気持ちが良い方向にかわるように思います。

ややこしくなって自分で何を書いている分からなくなってきましたが、自分は「この部分が劣等感だったからこう考えていたんだ」って思うことで今までの考え方に少し変化があるかもしれません。

これは自分でできる認知療法的なものなのかもしれませんが、劣等感が強いと通常ではない捉え方をする場合もあると思いますので、軌道修正というか間違ったとらえ方をしないようになるのではないでしょうか。

結局、僕が言いたいのは自分の劣等感を理解することで幸せな人生を送ることができるということです。

例えば、視線恐怖症の人は視線を気にしてしまう相手の中に「自分にはない良い部分」を発見する力があるんだと思います。

劣等感が無い人は「自分にはない良い部分」を発見すると単純に「自分にはない良い部分」を発見できたと思えるんでしょうが、視線恐怖症の場合は考え方のクセがありますので自分の劣等感の部分を刺激されて自分のことを劣っていると考え最終的に、劣等感の部分を隠そうとしたり。逆に強がったりするのかもしれません。

なのでよく見られようとか思うんじゃないでしょうか。素直に相手の良い部分は良い部分として捉えることができるようになると楽に生きることができると思います。

理想像は人それぞれ

自分の理想像を思い描くことは、誰もがすることだと思います。

僕の場合は「勉強しなくてもかしこい人」「スポーツでも練習しなくても上手な人」とかでした。努力しなくてもできる人に憧れていたところがあると思います。

しかし、人によっては「努力して立派な人」に憧れるというか理想像の人もいますよね。

理想の自分と現在の自分とを比較して劣等感ができたりすると思いますし、自信をなくしたりすると思います。

自分の劣等感や自信のない部分って、人から見ると「なんであの人は自信がないんだろう」と思っていたりすると思います。他者から見ると「あの人もっと自信を持っていいのに」って思うこともあると思います。

自分の自信のない部分って自分の価値観で判断しているだけで、他者から見ると全く問題ない部分なのに勝手に自信をなくしていたりすると思います。

自分の理想像は人それぞれなので、自分の理想像を基準に「自信がない」と思うのはもったいないですよね。

対人恐怖を自覚しながら成長する方法

対人恐怖症を自覚しながら成長する方法を書いていこうと思います。

対人恐怖症を自覚せずに生活をしていくことで損をしている場合があると思います。

僕は当然、損をし続けてきました。

例えば、ものごとの本質を理解することが苦手だったので騙されやすいタイプでしたし、他人と同じような行動をしている時にも「自分の考え」で「自分流の行動」をしていたからです。

具体的にいうと、クラス全員の前で発表するときや社会人になって会社で発表するときの考え方っていうのは、対人恐怖の場合だと「緊張しないようにするにはどうしたらいいのだろう?」「言葉に詰まったら・・・」「手が震えるかも・・・」「心臓がバクバクするかも」「緊張していないふりをしよう」と考えますよね。

そして、発表が終わって「失敗だったかな」「声震えてたよな」「また、やってしまった」「情けない」とか考えてしまいますよね。

そう考えるのは当然で、対人恐怖の人は皆そうだと思いますし僕もそうでした。今でも人前にでて発表とかスピーチをするときは緊張します。対人恐怖ではなくても緊張しますよね。

ただ、普通の人も緊張しますが考える視点が違うんですよね。なので損をしているっていうことです。

どういうことかというと、普通の人は「明日会社で発表するから散髪にいこう」とか「上手な発表のしかた」で検索して情報をあつめたり、本屋に行って「プレゼンの達人」みたいな本を読んでみたりと発表の内容にこだわりますよね。もちろん緊張しない方法の本を読んだりもすると思いますが、「緊張」より「話の内容」に重視した考え方で行動すると思います。

ですので、普通の人は発表する内容について更に詳しくなりますし、人前で説明するときのスキルを身につけたりして成長していきます。対人恐怖の場合は緊張と反省の繰り返しというかあまり成長しないと思います。

ここで僕からの提案なんですが、上に書いたことを理解しておくことで損をしない考え方ができると思います。

例えば、クラスの5人程度のグループの中であなたが発表をするときは、「自分は対人恐怖があるから内容に重視しないので損をする」ということを理解しておくことで「損をしないように内容に重視しよう」と考えることができると思います。

僕の経験では、対人恐怖の期間は人一倍成長が遅いです。

みんなと同じ経験をしていても対人恐怖の場合はそれが経験として身についていないというか、他のことを考えているというか本質を理解できない場合があると思います。

対人恐怖症が治ればなんでも出来るようになんじゃないか?って考えてしまいがちですがそうではないです。

対人恐怖症でもできることをしながら成長していく方が良いと思います。ですので損をしているということを理解するだけでも得をするっていうことだと思います。

「対人恐怖症を治してからいっきに成長するぞ!」って考えていても治るまで時間がかかりますし、その間は成長しないのか?っていう話になりますよね。

ということで、人より努力して何かの知識を身につける心構えは必要だと思います。

自分を好きになることで愛される

COCCOさんのメッセージで自分を好きになれなかったころ

このyoutubeを観て思いました。

自分を好きになることに苦労してきた人は多いです。

以前書きましたが、人間は人に愛情を与えるために生きているのだろうと思います。自分の子供に愛情をそそぐ親は幸せですよね。愛情を受けて育った人も幸せだと思いますが愛情をそそぐことができるともっと幸せに成れるんだと思います。

このブログでも「愛情もって会話しよう」みたいなことを書いてきましたが、なかなか実践するのは難しいですよね。自分を好きになることで愛情を与えられるし愛情をもらっていることに気付くことができるんだと思います。

自分の悩みが大きければ大きいほど、そして自分のことが嫌いであればあるほどに愛情をもらって生きているとういうことに気が付かないのだと思いますし、愛情を与えることが難しいのかなって思います。

自分を好きになることができると全て上手くいくのかもしれません。

話はかわりますが、象の話とか虎の話って聞いたことありますか?

子供の象の首を細いロープをつないで逃げられないようにしておくと、大きくなっても細いロープから逃げられないと思い込んで逃げようとしなくなるって話です。

虎の話は、幼い虎が猫にいじめられて育つと大きく強くなっても猫に対して恐怖感をもつという話です。たしかライオンキングでもこんな内容ありましたよね。

思い込みとか潜在意識の話で、幼少期の体験が大きくなってからの自分の行動を制限しているようです。

自分を好きになれない人は、なにか原因があるのかもしれませんし単純に思い込みの問題で実際は自分を好きになるだけの価値は誰にでもあるんだと思います。

会話するときは愛情もって会話しようとか色々と書いてきましたが、自分を好きになることができなければ難しいのかもしれません。

逆に自分を好きになることができれば、愛情をもって会話することができるようになり生きる意味も理解できるのかもしれません。

自分を好きになる方法とは勘違いや思い込みを修正することなのかもしれませんね。

本当は自分を好きなれるだけの価値はあるのに、好きになれていないのだと思います。



なぜかモテる人の共通項

茂木健一郎さんの「脳にいいことだけをやりなさい!」っていう本が家にあったのでちょっと開いてみると「なぜかモテる人の共通項」が書かれていたのでちょっと紹介します。

自分がどういう人間であるかを受け入れられる人は、必ず「なぜかわからないけど、いつも幸せ」になることができます。

自分の欠点を受け入れられる人は誰が見ても素敵です。

それが「人に好かれる人・人が周りに集まる人」の第一条件ではないでしょうか。

こんなことが書かれていました。

そうなんですよね。対人恐怖症だと自分の欠点を隠したりしますし自分を受け入れられないですよね。自分の欠点を受け入れるのは難しいと思います。文章で「自分を受け入れられる人は幸せになれる」って書くのは簡単なんですが実際どうやったらいいのでしょうか。

対人恐怖症を治したい治したいと考えている時期は自分を受け入れることができていないのだと思います。

対人恐怖症の自分を受け入れて生活することが大切なんだと思います。

例えば、視線が気なっているときに「ダメだ。また気になっている早く治さないといけない」って思ってしまいますが、いったん「自分は対人恐怖だからそう思うんだ」って考えて自分が対人恐怖症だということを受け入れる方が良いと思います。

そして対人恐怖症なりの生き方を学ぶというか、実践していくといいんだと思います。

本読んでいるだけでは成長しませんよね。書かれている文章を読んで「あっ、そういうことか」ていう理解はできますが自分の成長にはつながりませんし、すぐに忘れてしまいます。

ですので本を読む(インプット)そして実行(アウトプット)が必要だと思います。

実行といっても行動だけのことではなくて、僕がいいたいのは考え方の部分です。

例えば赤面症の場合ですが、会話している時に赤面してしまって「赤面しないようにしないと」って考えるのではなくて、対人恐怖症で赤面することはしょうがないことだということを受け入れて対人恐怖症なりに愛情をもって会話してみようと考えることが、自分を受け入れるということのアウトプットになるんだと思います。

「開き直り」なんてよく言われますがそういうことです。

受け入れて「しょうがないこと」と捉えるのと、「治さないといけない」と考えるのでは全然違いますよね。自分の欠点を受け入れると幸せになれるというのは対人恐怖症の場合はこういうことなんだと思います。

以前にも書きましたがお金持ちになれる本を読んでお金持ちになれる人は少ないですよね。本を書いている人がさらにお金持ちになるくらいです。

性格を良くする本を読んでも性格は良くなりません。恐怖症を治す本を読んでも治りません。

インプットとアウトプットが大切ですよね。

自分を受け入れることができると周りからは印象が良くなりますよね。なので、その人に欠点があっても素敵な人なれて幸せになれるのだと思います。

恐怖症でもできるアルバイト

対人恐怖症でもできるアルバイトってないのか?

すぐに思いつくのが新聞配達とかトラック運転手などでいったん会社の事務所に出勤するけど現場にでていくタイプの職業です。

一日中、会社にいると精神的にまいってしまうという場合は「現場にでるタイプ」の職種でアルバイトを探すのが良いのかも。

僕の友人でレンタルマットの交換している人がいたんですが、給料が安いので辞めたみたいです。配達系というかルートが決まっていて交換するだけとかだと割と気持ちは楽かもしれませんね。でも集金とかもあるのでどうでしょうか微妙ですかね。

配達系でいうと、水のレンタルサーバーって知っていると思うのですが、水の入ったボトルを配達して空のボトルを回収する仕事とかもありますよね。

おしぼりとか牛乳とかもありますが、牛乳配達って今もあるんでしょうか。

僕の場合ですが営業が一番向いていました。

一旦会社に出勤するのですが、あとは外出するので結構自由というか仕事は大変ですが視線恐怖とかはあまり感じなかったです。

営業が苦手な人は難しいかもしれませんが、インターネットの営業って募集してますよね。フレッツ光とかeo光とかケーブルテレビとかはアルバイトではないかもしれないですが、派遣とか委託であると思います。

ワイファイの歩合制の営業っていつまで仕事があるのかわかりませんが、ソフトバンクのワイファイスポットの小っちゃい箱を無料で置いてもらうっていう仕事です。僕の知り合いがやっていてその人は自分で何人か雇ってるみたいなんで収入は良いそうです。ただ一人でやる場合の収入はわかりません。

あと、NHKの受信料の業務委託を昔やってた人がいて話を聞いたのですが、3か月か6か月か忘れましたがある程度の成績で頑張っていると契約社員になって給料がすごく安定して額も多いそうです。そこまでがかなり大変なんだそうですが、直行直帰で月一出勤みたいな感じで言っていたと思います。この職業は逆に精神的に疲れそうな気もしますが給料は良いそうです。ただし委託なので契約ないとゼロとかだと思います。

事務作業も意外と良いのかも?小さな個人事務所でアルバイトとか正社員募集しているとこってありますよね。事務ってやったことないのでわかりませんが小さな個人事務所なら人間関係も楽かなって思います。社長ひとりで事務員ひとりだと社長次第ですがわりと楽かもしれません。

ガスとか水とか電気の検針って誰がやってるんでしょうか?もし募集しているんなら精神的には楽かも。

小さな居酒屋でマスターと自分だけだったら意外と大丈夫かも?バイト募集している近所のちいさな居酒屋とか客商売で難しいかもしれないですが、マスターと仲良くなれればあとはお客さんなんで大丈夫かもしれません。

流れ作業は絶対やめた方がいいですね。僕の経験では辛いです。

会話するときの伝わりやすい話し方

僕の場合ですが、会話するときに言葉の最後が小さい声になっていたことが多かったです。最後までちゃんと説明しなくても伝わっているだろうっていう感じです。誰かに説明するときなどは、極端に言うと単語だけしゃべっている感じです。

男性の場合は特に「言わなくてもわかるだろう」とか考える癖があるそうですね。息子が母親に対してあまり話しかけなかったりするのはそういうことらしいです。逆に女性はたくさん話をするそうですね。

僕はもともと言葉数の少ない人だったので常に誤解を招いていました。しかも言葉の最後のほうが小さい声になっていました。落ち込んでいる時などは特にそういう傾向があって自信のなさの表れなのかもしれませんが、伝わりにくい話し方だったと思います。

僕と同じような人がいるなら、言葉の最後の方が小さくなっていないか確認すると良いと思いますし、プラス一言付け加えるくらいでちょうど良いと思います。

単純なことなのですが、会話で少し詳しく説明したり分かりやすい表現をしたりとかって以外に大切だと思います。

なぜかと言うと、対人恐怖とか表情恐怖とかだとそれだけで勘違いというか誤解されやすいからです。喜怒哀楽が表情や動作では伝わりにくい部分があると思うからです。

人の話を理解するときは言葉だけではなく表情や動作からも情報を受け取っているので、表現が苦手な人はそれだけで誤解を招いている場合があります。

ですので、言葉だけは最後までちゃんと伝える方が良いと思います。

もう何回も書いていますが、そこに愛情があるともっと伝わりやすいですし、相手の目を見て話すことができるようになります。無理に目を見て話すのではなくて自然に目を見て会話できるようになります。

目を見て話すことが苦手な人は鼻を見ながら会話するといいとか言いますよね。そういう小技的なことをしなくても大丈夫です。

まとめると、表現が苦手な分最後までしっかりと言葉で伝えて、愛情をもって会話することで自然に目を見て会話できるようになるっていうことです。これが僕流の伝わりやすい話し方です。

毎日ありがとうを10個言う人

僕の妻の話なんですが、毎日寝る前に布団に入って指を折りながら目をつむって何かを数えています。

指を折りながら何かを数えているときに話しかけると無視されます。

僕の妻が何をしているかというと、「ありがとう」を10個言っているようなんです。〇〇さんありがとう。△△さんありがとう。・・・・・・っていう感じで毎日です。

多分誰かの本を読んでからだと思うのですが、そうとう長いですね。もう何年もやっています。

何か効果あるのかな?

多分、感謝の気持ちをもてるようにしているんだと思います。僕は面倒なのでしていませんが「すごいなー!」って思います。

ちょっとした事なんですが、「継続は力なり」ですよね。

ちょっとしたことって大事だと思います。何の効果があるのかわかりませんが、とにかく良さそうですよね。気持ちの持ち方とか人に対しての接し方とかいろいろと良い方向に向かうだろうと思います。

何のためにやっているのかまた聞いてみます。

ミラーニューロンとは?

ミラーニューロンっていう言葉は最近よく耳にしますよね?

脳科学が流行りだしてテレビや本にもでてきます。知っているようでよく分からない「ミラーニューロン」という言葉が気になったので調べてみました。

「脳の中の鏡」だそうです。

他人の行為をあたかも自分の行為のように映し出す特性をもった神経細胞のことです。

茂木健一郎さんの「脳を生かす生活術」に書いてあったので豆知識として覚えておこうと思います。

目の前の人が手を伸ばして何かをつかむのを見ると、同じ行為を自分がしているかのようにミラーニューロンは活動します。ですからこの細胞は、人間のコミュニケーション能力に大きく関与していると言われているそうです。

・感動で胸がいっぱいになっている人を見ていると、自然に感極まってくる
・荒っぽい人を見ていると、自分まで荒々しくなる

ということみたいですね。共感するというのはミラーニューロンによって支えられているって考えられているようです。

何か悩みがあるときは、悩んでいる人のところに近寄っていく傾向はあると思います。僕が色々と悩んでいる時は悩みがありそうな人と自然に親しくなっていたところがあります。それはそれでいいと思うのですがミラーニューロンをうまく活用するには、明るくて元気な人の近くに行くと良いのだと思います。

明るくて元気な人に近づいていくことが苦痛な人はどうすればいいのでしょうか?

そんな疑問を解決する方法はありそうです。

例えば、家族の人が楽しそうにしている姿をイメージしてみるとか友人の笑っている姿をイメージしてみるといったことで、自分も楽しくなってくる効果はあると思います。

苦手な人が笑っている姿をイメージするのは難しいかもしれませんが、友人や家族の人ならわりと簡単ですよね。

あと、会話における三種の神器っていうのが書いてあったのでどんな内容か書いておきます。

茂木さんの本では3つのポイントがあって「導入」「相づち」「質問」です。

導入とは?会話は、キャッチボールで使うのがボールではなく言葉であって本気で投げると本気で返ってくるというものです。

相づちとは?相づちも会話の大切な意思表示だと理解することです。

質問とは?茂木さん流の表現ですが「質問は生き物」だそうです。質問は生きたり死んだりします。空気や水を与えるかのように気を使わないと、その場のコミュニケーションが命を失ってしまうということです。

相手との会話で「身に入らない」「面白くない」とか感じるのは相手が悪いのではなくて自分の質問が的確ではないようです。相手が話したいことなどを考えて質問すると良いかもしれません。

相手の話したいことを引き出す能力って大切なのかも。

話したいことを話せば気分が良いですよね。僕は無口ですが自分が話したいことを話すときは言葉がたくさんでてきます。そう考えると人って単純ですよね。

相手の話したいことを見つけるのにはコツがあるんです。

相手にもよりますが、例えば今現在悩んでいたり上手くいっていない人に対して「最近の調子は?」なんて質問しても楽しく会話できませんよね。

そういう場合は、将来のことを質問して未来像を質問すると良いと思います。僕は男なので女性の場合はわかりませんが、男性だと結構自分の将来像っていうか10年後はこうなっていきたいとかあるんじゃないでしょうか。

最近調子が良い人に対しては、最近のことを質問すると楽しく答えてくれると思います。

あと、以前頑張っていたことで成功した人に対しては過去のことを質問すると気分よく話してくれると思います。

「将来しあわせになりたい」っていう言葉よく聞きますよね?

幸せかどうかは、今が全てで、今が幸せならその人の人生は幸せなんだと思います。会話で相手が幸せになるんだったらそれで良いですよね。自分も幸せになると思います。

一度きりの人生なので今を楽しく過ごしたいですよね。

一日の中でイライラする時間が多いよりも、リラックスしている時間が多い方が良いと思います。僕は車を運転するとき何故かイライラします。自分で分かっているのでイライラしないように努力しています。

無駄にイライラしないように努力すると気分は良いです。

「自分は車を運転するとイライラする」ということをあらかじめ理解しておくというだけですごい効果あるんです。例えば、前を走っている車に対して「ウインカーだせよ!」とか思ってイライラした瞬間に「自分は運転するときイライラする人」と思うことでスーッとイライラがなくなります。

何も考えていなければいつまでたってもイライラしていると思いますが、考え方ひとつで楽になれます。

車の運転でイライラする人は試してください。効果ありますよ。

対人関係でもこの効果は利用できそうですね。

僕の家にある本

ちいさいことにくよくよするな
最近写真をブログにアップする方法が分かってきたので、家にある本をスマホで撮影してみました。

ちょっと関係ありそうな本を撮影したつもりだったのですが全く関係ない本も写ってますね。まだたくさんあるんですが適当に並べているので写っててほしかった本が写っていないのが残念です。

このなかで役に立ちそうな本はちょっと古いですが、ちいさいことにくよくよするな!だと思います。

字が大きくて量的には少ないのかもしれませんが中味は良いですね。せっかくなので、ちょっと紹介したいと思います。さすがに全文紹介すると著作権とかで逮捕されそうなので気になった部分だけです。

056(タイトルが100個あって56番目の「落ち込みは優雅にやりすごす」からです)

幸せな人と不幸な人の違いは、落ち込む回数や落ち込み度の深さではなく、その気分にどう対処するかで決まることが多い。

ほとんどの人は、落ち込んだとき落ち込みの原因を分析しなんとかそこから脱出しようと努力するが、かえって深みにはまってっしまう。

穏やかでリラックスしている人たちを観察すると、気分がいいときは感謝の気持ちで満たされているのがわかる。

彼らは前向きな気分も否定的な気分も一過性だとよく分かっていて、落ち込みもやがては消えると知っている。

幸せな人たちは、ときには落ち込むこともあるさと割りきることができる。

この本に書いてある通りで、落ち込むことは誰にでもありますが、落ち込んでいる自分自身が嫌になったりしますよね。落ち込むこともあるさって割りきることは「開き直り」と同じようなことだと思います。

臨床心理士などが対人恐怖症の治療をして改善した人の統計をとった論文などがありますが、改善した人の言葉で特に多いキーワードが「開き直り」だそうです。

催眠療法で原因をさがして克服する方法もあるみたいですが、普通の生活をしながら改善をしていくことを目指すのであれば、原因を追究して恐怖症から抜け出そうとするよりも、認知療法的な考え方をもとにすると、その場面場面での対処のしかたで改善できそうですね。

そして、感謝の気持ちって大切ですよね。以前書きましたが、感謝の気持ちを常にもっているだけで人生変わると思います。

高校生がコンビニでお金を払う時に偉そうな態度の人がいます。コンビニの店員を見下しているかのような態度でお金を置き、無言で商品をさっと持って行く感じの人をよく見かけます。

正直、かっこ悪いなーって思います。本人はかっこいいと思っているのかもしれませんが、大人から見るとかっこ悪いです。

そういったちょっとした場面場面で感謝の気持ちを持てるように心がけるだけで気分はよくなりますし、相手も気分がよくなると思います。

あと、017で「人生は不公平が当たり前」からです。

人生は公平ではない。それは不愉快だが、ぜったいに真実だ。皮肉なことに、この事実を認めると気持ちがすっと自由になる。~~~~人生は公平ではないし、そんな日がくるはずはない。

これは、僕もそう思いますね。人生って不公平なんだと思います。

ただ、そう思っている人はたくさんいて、自分が不公平だと感じている部分が人それぞれあるんだと思います。こっそり書いていますが、僕の妻は足が生まれつき悪くて、多分不公平だと感じているでしょう。

僕の場合は、体は健康なのですが不公平といえば、生まれたことろが貧乏な家だったというくらいです。

対人恐怖症で悩んでいる時は「自分だけが自分だけが」と不公平に思っていました。まわりは楽しくしているのに自分だけが辛い思いをしているって思っていました。

結局は誰もが不公平であって、それが個性にもなるのかなーって思います。

その不公平にどう対処していくかで今を幸せと感じられるか感じられないかが決まっていくのかもしれません。

昔、テレビに体が不自由な人がでていて、たしかまだ10代の子だったと思うのですが、「自分は自分」って思っているから大丈夫みたいなことを言っていました。

この子は人生わかっているなーって感心しました。

そうなんですよね。「自分は自分」って理解することはすごく重要だと思います。

いつもこころに太陽を

誰が言っていたのか忘れましたが、アスリートの方の好きな言葉が「いつも心に太陽を」っていうこと言っていました。

悩み事があるときや何か失敗して落ち込んでいる時など「いつも心に太陽を」って考えていると良いそうです。

なんとなく理解できますよね。

落ち込んだときに心に太陽があれば明るい気持ちになれそうな気がします。暖かくてやさしい太陽があれば大丈夫ってことですよね。

でも、心に太陽をって言われても・・・・・・。

そんなことが簡単にできる人は良いですが、僕のように不器用な人間には難しいです。

で、ちょっと考えてみたんです。誰でも簡単に「いつも心に太陽を」っていう言葉を実践できるかどうか?

そして、その方法を発見しました!

それは「やまない雨はない」ということを理解することです。今までの人生で雨が止まなかったときってないですよね。雨は降ってもいつかは晴れますよね?あたりまえですが・・・・・。

そして、晴れた日って永遠に続くことはないですよね。

人生で雨の日とは、悲しいときや悩んでいるときや辛いときで、晴れた日は楽しいときや幸せなときです。年を重ねるごとによく分かりますが、雨の日はいつまでも続きませんし、晴れの日もいつまでも続きません。雨は降ったりやんだりするものですよね。

「今は辛いけどもうすぐ晴れるかな」

「今まで雨がやまなかったときってないよな」って考えてみると良いと思います。

「やまない雨はない」という事実を誰もが知っていますよね。落ち込んでいる時はどんどん落ち込みますが、今までの経験から雨のあとは晴れるということを知っていますよね。

人生は雨と晴れの繰り返し、ときどきくもりもありますね。






考え方のクセを理解して楽になる方法

自分の感情で嫌なところってありますよね?

例えば、自転車で転倒した人を見て助けに行ったときに「かっこよく思われたい」とか「優しい人と思われたい」とか「弱い人間だと思われたくない」とか考えている自分の感情です。

この場面でこの感情はないだろうって思うとその感情を隠したくなりますよね。自己嫌悪になったりすることもあるかもしれません。自分の感情って普通ではないのかな?って思うこともあると思います。

自分は性格が悪いんだ!

こんな性格ではダメだ!性格を変たいって思って自分が嫌になることもあると思います。

そういう時は、自分の考え方のクセを理解すると良いと思います。

人が困っている時でも「他人からの評価」が気になるクセです。

そのクセを無理に直そうとしたり、隠そうとすることでかえって自分のことが嫌になります。クセがあるのはしょうがないことなので、いったん受け入れるというか認めると良いと思います。

「あっ、自分はこういう考え方のクセがあるんだ」っていうことに気付くことは大切ですよね。

以前に書きましたが、今の自分が何点なのか?ということは重要ではないんです。自分で自分が嫌になる考え方であったとしても、それは重要ではないんです。

どの方向に自分は変わっていくことができるのかということが重要なんだと思います。

ですので、とりあえず自分の考え方を理解することは大切で、今の自分の考え方のクセで自己嫌悪になる必要はないです。

何故か?

それは「クセ」だからです。クセっていうのは直りますよね?

例えば、寝癖で髪の毛がピョーンってなっていても「寝癖が直らない直らない」って悩みまくる人っていませんよね。いつかは直ることを知っているから悩まないですよね。これは自分の経験から誰もが理解している事実です。僕は寝癖が一生直らない人って見たことないです。

では、考え方のクセって変わるんでしょうか?

変わるんですね、これが。

僕自身が考え方のクセを理解して変わっているので誰でも変わるので安心してください。

考え方のクセを良い方向に変えるには、まず認めることが大切だと思います。その場その場で自分の考え方のクセで考え込むのではなくて、考え方のクセを理解するだけで一歩前進だと思います。

例えば、友人が大声を出したときに「うるさいな!だまれ!」って思ったとします。そしてイライラしてふてくされるとします。しかし、もうひとり隣にいる友人は笑いながら楽しそうに「うるさいぞ!」って言ったとします。

どっちが良いとか悪いとかではなくて、自分はこういう考え方のクセがあるんだと理解することが大切なんだと思います。

同じ出来事でも人によって捉え方が違っていたり感情が違うのは当然でそれが個性であり考え方のクセだと思います。

もし、自分の考え方のクセが普通ではないなーって感じるのであれば、他人の考え方のクセはどんな感じなんだろうと考えてみると良いと思います。

なので、会話が大切だと思うんです。

会話しないと自分の考え方のクセが他人と違うっていうことに気付くことが難しいからです。

僕の場合は学生の頃というか思春期の一番精神的にも成長する時期が一番つらい時期だったので、あまり会話ができずに人一倍成長が遅かったんだと思います。

もし、仲の良い友人や家族の人と会話できる機会があればできるだけ会話はしたほうが良いと思います。そして自分の間違った考え方があれば見つけてもらうつもりで会話するともっと良いと思います。以前書きましたがこれが、自分を写し出してくれる鏡のことです。そう考えると相手の言葉で深く傷つくこともあまりないと思います。

そういう環境ではない人は、自分の考えをまとめながら文章にするのも良いですし、このブログにコメントを残してくれても良いと思います。

そして、人の考え方を理解するために本をたくさん読むのも良いと思います。

世の中の成功者と呼ばれる人は例外なく本の虫ですよね。

僕は本を読むのが苦手というか、あまり好きではないのでたくさんは読みませんが、興味のある本は読むようにしています。

人は、あるいは宇宙を知っているかもしれない。でも、自分自身は知らない。(チェスタートン)



今思ったことを口にする

会話で人は成長していくのだと思います。

今思ったことを声に出して言うと、それに反応して相手は今思ったことを発言します。そして更に反応して自分も今思ったことを発言します。そうすると相手も今思ったことを発言します。

当たり前ですがこれが会話ですよね。

僕は無口なほうなので、今思ったことをすぐに口にすることは少ないです。でも、気を使わない相手にはすぐに今思ったことを発言します。

苦手な相手を前にすると今思っていることをすぐに口にしないのはなぜでしょうか?

それは、自分の発言で「ヘンな人と思われないか」とか「バカにされないか」とか「嫌われないか」とか考えるからではないでしょうか。

対人恐怖症ではない人でも少しはそう考えますよね。

しかし、自分の発言でへんに思われないかと考えて会話しないようにすると、前に進むことは難しいと思います。

実際は今思ったことを口にしてもヘンな人と思われないのに、まだ起きていないことに不安になることもあると思います。

逆に気を使わない相手。例えば親とか兄弟とか友人には今思ったことをすぐに口にするのはなぜでしょうか?

それは、嫌われない自信があるからだと思います。お互いの考えが合わずにケンカになっても良いって思うことができる相手なんだと思います。

たまに見かけますが、他人の親子喧嘩って見てると恐ろしいですよね。

言いたい放題で、むちゃくちゃです。

そして、次の日は仲良くしていたりします。

親子なのでそこまでできるんでしょうね。

苦手な相手の場合はその真逆なのかなーって思います。多分、嫌われると一生嫌われるとか考えてしまうんだと思います。

そう考えて会話を避けていると、逆に上手くいかないパターンになります。

会話を避けて上手くいかないんだったら、会話して上手くいかなくても結果は同じですよね。ただ、どうでしょう?嫌われてもいいやって思って会話すると、ぶつかることもあるかもしれませんが、上手くいきそうな気もしますよね?何故かというと対人恐怖症の人は自己評価が低いからです。自己評価が低いってことは自分が思っているより自分の評価は高いということだからです。なので自信を持っていいのだと思います。

もし、苦手な相手と会話してぶつかったとしても、自分の考え方が間違っていれば修正すればいいですよね。

会話しなければ自分の「修正したほうがいい部分」に気付くことができません。

冷静に考えてみると、会話しないで嫌われるんだったら、会話して嫌われた方が自分にとってプラスになると思います。

頭で理解していても実際に行動するのは難しかったりしますが、僕のように対人恐怖症で苦手な相手との会話をさけていると成長できません。

無理に会話する必要はないのかもしれません。しかし、相手を利用するっていう言い方は悪いですが、自分を成長させるために少し手伝ってもらうという考え方もありますよね。

そして、こちらも相手の修正したほうがいい部分を見つけてあげるといいのかなって思います。それが愛情をもって会話することにもなるのかもしれませんね。

もう何年も前ですが、あるセミナーに行って教わったのですが、愛情ってハードラブとソフトラブっていうのがあるんです。

例えば、友人が悩みを打ち明けてきたときに、傷つけないようにやさしく聞いてあげるのがソフトラブの考え方です。そしてハードラブっていうのは、相手のことを考えて厳しく間違っていることは間違っているって言うことです。

本当に相手のことを思うならハードラブの愛情が必要なんですが、あまり親しくない人にハードラブを使うとケンカになりますよね。

ですので、どれくらい親しいかによってハードラブとソフトラブを使い分ける必要があるんです。

他人の親子喧嘩がおそろしいのはハードラブの場合が多いんですかね。

壁をこわすのはいつ?

よく、壁をつくっているとかいう表現をしますよね。

あの人は壁をつくっているからとっつきにくいとか、話しかけづらいとかっていう使い方をします。普段から頻繁に使う言葉ではないですが、壁があるとか壁を作っているとか言いますよね。

イメージで考えてみると、自分が真ん中に立っていて半径1メートルくらいで円を描くようにブロックを積んでいくような感じなんですかね?人によってイメージは違うと思いますが、僕の「壁」のイメージはこんな感じです。

それで、そもそも壁って何のために作るのかなーって、ちょっと考えてみたんですが、壁を作るっていうことは何か隠すというか見られたくないから作るんですよね。

自分の隠しておきたい物ってなんだろう?

僕の場合は、貧乏、暗い、人見知り、友達が少ない、気が弱い、力が弱い、あがり症、足が短いとかです。隠したい物や知られたくないものや見られたくないものって人それぞれですよね。

自分が知られたくない部分を壁でかくします。

そして、たまにちょっと壁をずらして上に書いたことの反対の自分をチラッとみんなに見せていたんだろうなーって思います。意味わかりますか?絵で描くと分かりやすいのかもしれませんが文章にすると難しいですね。

ひとつだけ説明すると、普段は「気が弱い自分」を自分が作った壁で隠しているのに、一瞬だけ壁をずらして「気の強い自分」を皆に公開するっていうことです。

これって、ウソをついていることになるのか?

多分そうですよね、ウソをついているというか偽装しているというか仮面をつけているというか、そんな感じですよね。

精神的にクタクタになるくらいに神経を使ってこれを続けると相当疲れますよね。

できれば、今まで時間をかけてせっかく作った壁ですが、こわしてしまった方が楽ですよね。でも、慌てなくていいと思います。無理をして今すぐ壁をこわさなくても少しづつ自然に壊れていきますから大丈夫です。

僕の場合は気が付くと壁がこわれていたっていう感じです。

多分ですが、色々と経験して考え方が変わったからだと思います。例えば「気が弱い人」と思われると周りからバカにされると思っていたのに、「気が弱い人」と思われてもバカにはされないと思えるようになったんだと思います。

逆に考えると、今まで気の弱い人をバカにしていたのは僕自身だったんだと思います。そして気の弱い人をバカにしないような考え方に変わったことで、自分自身が「気の弱い人」だったとしても平気になったのかなーって思います。

ちょっとややこしいですかね?

幸せが訪れても、悲しみに出会っても、心を開いてそれらを味わいなさい。(ジョン&リン セントオクレアトーマス)

多分ゆっくり読まないと分かりませんよね。

鈍感力

もう何年も前ですが、鈍感力っていう言葉が流行りました。

その前は、KY(空気読めない)な人などと使う言葉が流行りましたよね。KYって危険予知の略で現場作業なんかでもよく使う言葉ですが、流行ったのは空気が読めないほうのKYです。

KYの場合はその場の空気を読めずにちょっと周りからういてしまっている感じでマイナスの意味で使いますが、逆に鈍感力って鈍感なほうがいいとか空気を読めない方がいいとかいう感じでプラスの意味で使います。

両方同じような意味で空気を読まないことだ思うのですが、空気を読まないことはマイナスなのかプラスなのか?

多分、時代の変化でストレス社会になってきたので、今は鈍感なほうが上手くやっていけるのだと思います。でも、仕事では気遣いができないと上手くいきませんし、結婚するなら気遣いのできる女性の方が良いとか言いますよね。

対人恐怖症の場合は気遣いというか、相手に嫌われないかとかに気を使いますし、神経質になっている状態だと思いますので、気遣いができるとか気が利くっていうのとは少し違うんだと思います。

どっちにしろ、神経を使うのであれば「気遣い」ができるほうがいいですよね。相手のことを思って気を使うのが「気遣い」なんだと思います。

例えば、自分の親が玄関のそうじをしようと考えていたけど、その日は疲れていたので掃除をせずにソファーで眠っていたら、親が目を覚ますまでに玄関の掃除を済ませておくとかが「気遣い」ですよね。

色々と考えてみると「気遣いはするけど空気は読まない」っていうのが一番理想なのかなーって思います。

ストレス社会なので空気は読まない方が楽に生活できますし、それでいて気遣いができると色々なことが上手くいきます。自分で書いていてそんなことできるのかなーって思ったので、ちょっと考えてみました。

対人恐怖症だと嫌な空気を感じとるときがあります。しかも周りはそんな空気を感じていないのに自分だけがヘンな空気を感じで窮屈な思いをすることがあります。

そんな場面で「僕って気遣いできているかな?」って考えて少し相手のことを考えてみることで「気遣いはするけど空気は読まない」ということはできそうです。

ただ、これは僕が頭の中で勝手に考えただけなので、それが良いのか悪いのか、出来るのか出来ないのかは分かりません。

僕が高校生のときの対人恐怖症の体験談

よく考えると「体験談をコメントにお願いします!」と書いているのに自分の体験談をちゃんと書いていないことに気付きましたので、自分も少し書こうと思います。

一番辛かったのが高校時代です。

中学から高校へあがってクラスで仲のいい友達はできましたが、まわりに馴染めず苦労しました。授業中に周りの視線が気になっていて、多分ちょこちょこ見ていたんだと思うのですが、一度消しゴムを投げられたことがあります。

あの時のことはよく覚えていますが、自分の対人恐怖症が悪いので相手に文句も言えず、ゴメンとも言えず、どうしようもなかったです。何の対処法もなくただただ椅子に座っているだけでした。

特にイジメとかではなかったのですが、辛かったです。

それから、一か月くらいしてから、その消しゴムを投げてきた同じクラスの子に話しかけられました。何の話だったか忘れましたが、それに僕が返事をして答えると「だから、お前は嫌われるんだ!余計なこと言うな!」って言われました。

その時はショックですごく落ち込みました。

「あっ、これか!これで嫌われるんだ」と自分で気づくところがありました。

話の内容は忘れましたが、自分をよく見せようとしての会話が余計だったんだと思います。嫌われているからこそ良い自分を演じようと頑張っていたんだと思います。間違った努力ですよね。

今思うとその子は、僕に愛情をくれていたんだと思います。だから話しかけてきたんだと思います。

せっかく愛情をもらったのに、僕は「自分をよく見せよう」として自分中心の考えでした。結局、自分のことが嫌いで自信がなかったから愛情に気付くことができなかったんだと思います。もし愛情に気付いていたら、そこから仲良くなれていただろうと思います。

そんな感じの繰り返しで、ついに耐え切れなくなり、中学時代の担任の先生のところに泣きながら相談しに行きました
。バカですよね。高校生なのに中学時代の先生に相談に行ったんです。訳がわからないですよね?

僕なりに一生懸命考えての行動でした。

それで、中学の先生はタイミングが悪かったのもありますが、今から授業だからって言って少しだけ会話して別れました。「高校の担任のところに相談に行くべきなんじゃないの?高校の担任もそれを望んでいるよ」って言われた記憶があります。

どちらも、良い先生です。

そして後日、高校の担任に「中学の先生から連絡があったけど、何か困ってる?」って聞かれました。どちらの先生も真剣に対応してくれていました。今でも良い先生でよかったと思っています。

ただ、「何か困ってる?」って聞かれたとき「何でもないです」って言ってしまいました。

結局、相談できずに一人で悩むはめになったのですが、あの時高校の担任に相談しておけばよかったと後悔しています。多分この行動ですよね。この行動が対人恐怖症を悪くさせていた原因だと思います。

困っているんだから「困っているから助けて」って言えばよかったんだと思います。弱音を吐くって重要です。弱い自分を見られるのは嫌ですが、どうしようもないときは弱音を吐くべきだったんだろうと思います。

それで、なんとか耐えて、高3になりました。いっぱいいっぱいです。

最後のほうは、登校拒否気味でした。多分出席日数も足りてなかったんじゃないかと思うのですが、そのへんは担任の先生がうまくやってくれたんだと思います。そんな雰囲気がありましたから。

卒業した時はすごくうれしく、地獄から解放された気分でした。地獄って言っても、仲の良い友人は何人かはいましたので、楽しかった思い出もあります。

よーし!今度は就職して心機一転頑張るぞ!って張り切っていました。その後就職して3年正社員で頑張りました。

僕の体験談を書いていくときりがないですが、こんな感じです。誰かの体験談を知ることで改善する方法を模索することはできますよね?

なので、できるだけ体験談を書ける人は書いてほしいと思っています。

書くことで、わけがわからなくなっている感情を少しは整理できますし、誰かの役にたつことはあると思います。もしこのブログのみなさんの体験談を読んで「役にたった」と感じた人は、感謝の気持ちを込めて自分の体験談を書いてみてください。

丁寧な難しい言葉を使わなくてもいいですし、1行だけでもいいですし、漢字が間違っていてもいいです。気軽にコメントに入れて頂くとありがたいです。

高校時代の僕のように誰にも相談できずに悩んでいる人がいるなら、ぜひ書いてほしいです。きっと誰かの役にたちますし、自分のためにもなると思います。よろしくお願いします。

《人の弱さが、人生を究めるのに必要になってくることが、しばしばある。》メーテルリンク

自分を大切にする

心屋仁之助さんの
あなたは「このため」に生まれてきた!

という本が家にあったので少しだけ紹介します。

人生の二大難関。それが「素直になること」と「自分を大切にすること」だそうです。

「自分を大切にすること」とは、「本当はやめたいのに続けていること」をやめて、
「本当はやりたいのに、やっていないこと」をやること。これだけです。

心屋さんの言葉はいつも感心させられますよね。

先日、自宅に心屋さんの本と植木さんの本が大量に届けられました。届けられたと言っても、ただ、僕が購入しただけですが・・・。

もともと本読むのが好きではないので、結構時間かかりそうです。

自分を大切できているかなーって、少し考えてみました。僕はもともと遠慮がちな性格なので、自分の好きなように生きてきたわけではないです。

自分の好きなように生きていくことが自分を大切にするということだと思います。

本当はやりたいのにできていないことが多かったり、辞めた方が良いとわかっていてやっていることが多いと、自分を好きになれないですよね。自分に自信を持てなくなるんだと思います。

やりたいと思っていることをやってみる。

少しだけいつもと違う行動をするだけなのですが、なにか良いことありそうですよね。そうやって普段の生活の中で少しだけ心に栄養をあたえてあげると、なんだか目の前が明るくなりそうな気がしませんか?

「自分を大切にする」

このたった一行の言葉が、人生を大きく変えることになるのかもしれませんよね。

ゆがんだ性格

僕が高校生のときに、「片親で育つとゆがんだ性格になる」ということを担任の先生に言われました。

当時、僕が対人恐怖症で友達ができにくい性格だったので、先生は色々と考えてくれていたんだろうと思います。

個人的に言われたわけではないので実際はわかりませんが、授業中に僕の方を見て言っていたので多分そうだと思います。

多分、僕が周りに馴染めずにちょっと浮いた感じになっていたので、その雰囲気に気が付いていたんだと思います。

先生からのクラス全員へのメッセージだったのかなって思います。

「この子は片親で育ったから、性格が歪んでしまっているけど、しょうがないことなのでみんな理解してあげてね」っていうメッセージだったんじゃないかと思います。

もちろん僕はそんなメッセージには気が付かずに「うるさい!ほっといてくれ!」って思っていたと思います。

ただ、なんとなく愛情を感じられたので、その時はわかりませんでしたが、今になって「そういうことだったのか」って感じているんだと思います。

そうなんですよね、母子家庭とかで片親で育つと幼心に「他人の家とは何か違うぞ」って思うことが多くて、何かと嫉妬したり腹が立ったり悲しかったりすることが多いです。

僕の時代は父親参観日とかありましたし、運動会で母は来れずに親戚が代わりに来たりとかありましたから、ちょっと歪んだ性格になることはあるんだと思います。

母は「運動会には行ってあげたい」と感じていたと思います。母が仕事しなければ3人の子供を育てていくことができないので、しょうがないことなんですが、当時の僕は全くそんなことは考えもしませんでした。

母の気持ちを理解できていれば、ゆがんだ性格になっていなかったのかしれませんが、僕は理解できていませんでした。もちろん今では理解できます。

今でも多少歪んでいる部分は残っていると思いますが、極端に歪んでいるというほどではないようです。

僕が高校生のとき、僕以外にも歪んだ性格の子は同じクラスにいました。

今の僕なら、その子に愛情を与えることができると思いますが、当時の僕は全然できませんでした。自分のことで精一杯だったと思います。

でも、自分のことで精一杯っていうのは、言い訳ですよね。

自分のことで精一杯でも、自分と同じように性格の歪んだ子には愛情をもって接するべきだったのかなって思います。

そうすることが、自分の性格のゆがみを自分で修正するということにもなるんだと思います。それどころか僕はその子を見下していたんだと思います。

そんなこんなで今に至るわけですが、結局自分のゆがんだ性格というかひねくれた性格を修正するのは自分自身でないと出来ないのかなって思います。

例えば、自分のゆがんだ性格を認めるというか、否定しないというか、そういう自分を嫌だ嫌だと毛嫌いするのではなくて、そういう自分を可愛がってあげることが大切だったりすると思います。

歪んだ性格の人間も世の中にはいて、それには過去に理由があり、その人自身が悪いわけでもないと感じることは多いです。

怪我をした場合だと、見た目で「あの子は、腕をけがしている。すぐ治るのかな?」って心配したりしますよね。

ただ、心の場合は怪我をしていても「あの子は、性格ゆがんでるよな」なんて悪い言い方になってしまいます。

歪んだ性格も、腕の怪我も時間だ経つと治るのですが、ちょっと捉え方が変わりますよね。

僕が言いたかったのは、「歪んだ性格の子が近くにいても仲良くしてね」っていうことです。

心屋仁之助「奇跡の言葉」

自分に正直に生きる・・・心屋さんの奇跡の合言葉からです。

僕の考える、正直に生きるって「フリをしないこと」ということ。

仕事ができるフリをしない、家事ができるフリをしない、いい夫、いい妻のフリをしない、優しい人のフリをしない、器が大きいフリをしない、嫌われ者のフリヲしない、できないフリをしない、冷たいフリをしない・・・・・など

だそうです。

「フリ」をするのは「それ」を隠そうとしているから。
「隠そう」としているのは「それ」がバレるとヤバいから。

でも隠そうとしてる時点で「自分にウソをついてる」から、「流れ」も悪くなるよね。

正直に生きるって勇気がいるんだ。

これは、心屋仁之助さんの本に書いてあるので、気になる人は読んでくださいね。




先日、さんまさんのテレビで森田療法のことを植木さんが語っていたので、植木さんの本を読もうかと思ったのですが、心屋さんの本が一番上に置いてあったので思わず開いたらこの「自分に正直に生きる」というページでした。

正直に生きるって難しいですよね。自分の弱点を周りにさらけだすというか、弱い自分を知られるのは怖いですよね。

でも、それが正直に生きるっていうことで、楽に生きられる方法なんだと思います。

楽に生きていくために自分の弱点を隠そうと考えてしまいますが、逆に、自分の弱点をオープンにすることの方が結局は楽に生きていけるのかなって思います。