対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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他人の目が気になって仕方がない人へ(本)


以前僕が買った本ですが、開いてみるとこんな感じです。(中古本のみで100円前後のようです)
視線恐怖症がメインに書かれているみたいですね。根本的に対人恐怖症は症状がどこにあらわれるかの違いで分類されていますので、視線というより対人恐怖症に関する本だと言えると思います。客観的に自分の考えていることというか、どうして自分はそう考えるのかなどを少し理解できるようになると思います。

もちろん、これを読んだだけでは治りませんが、自分の考え方のクセが理解できるかもしれません。自分の考え方のクセと普通の人の考え方のクセのギャップを客観的に考えてみるきっかけになるかもしれませんね。
他人の目が気になって仕方がない人へ3

少し気になった部分を紹介します。

・他人との比較にこだわりすぎると、他人の優れた点ばかりが目について、劣等感を強くしてしまいます。
・比較をやめると、他人がどうしようがあまり気にならなくなります。
・羨ましいという気持ちの延長線上にあるのが嫉妬です。
・こちらに悪意がない場合はどうどうとしていればいいのです。
・自分がいいと思うものを選ぶのはごく自然なことなのです。他人と自分が違うのは当たり前であって、自分に無理をしてまで周りに合わせているから、疲れるのです。
・社会のルールやマナーを守っている以上、後ろめたさや引け目を感じる必要はありません。
・自分の心にウソをついているわけだから、疲れるのは当然でしょう。
・傷つくのが嫌な人ほど自己防御が強くなります。

目次はこんな感じです。

第一章・・・なぜ「他人の目」が気になるのか
第二章・・・なぜ人の目を気にしてしまうのか
第三章・・・他人の目を気にしないためには
第四章・・・自信を持つにはどうすればいいのか
第五章・・・良い人間関係を築くために

こまかいタイトルは省略しましたが、結構こまかな部分まで書かれています。アマゾンでのレビューでもありましたが、正直な感想として、おもしろくはないです。こういった本で面白いのがあるのかどうかわかりませんが、僕的には教科書的な感覚ですね。

ただ、著者の考えはわかります。僕がこのブログ書き始めたころ、結構おもしろく書いていたのですが、これを読む人に面白い部分は必要ないと思うけど・・・って妻に言われたのをきっかけに、全く面白くない内容に変えました。

あと、もう一つレビューに書かれていたのですが、女性は少しイライラする部分があったのはたしかです。これを男性に置き換えて考えると男性も少しイライラする部分なのかもしれません。著者の少し配慮にかけるところがあったのかもしれませんが、たとえ話なのでしょうがないのかなーと思います。

結局僕は、この本を勧めているのか、批判しているのかわかりませんが、どうしたらいいのかわからない時、自分を探るという意味で、「そういうことか」という気づきはたくさんあると思います。

まず、自分を知らないと前に進めないですからね。

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自律訓練法のCDとか本


CDはこんな感じです。
自律訓練法
このCDは自律訓練法がどのようなものかを勉強するのに役に立ちます。しかし、このCDを聞きながら実際に自律訓練法を行うのは難しいと思います。最初から最後まで続けて録音されておらず、ステップごとに練習するタイプのCDのようです。カウンセラーにはいいと思います。

このCDで覚えて、CDなしで自立訓練法をする場合は良い商品だと思います。多分そういう意図なんでしょうね。

僕的にはやっぱりこっちが良いです。


CDを聞きながらでも、覚えるとCDなしでも大丈夫です。最終的にはCDなしでするのが一番良いのだと思いますが、最初はCDを聞きながらの方が楽にマスターできると思います。

金持ち父さん貧乏父さん


この本は良いですね。さすがにベストセラーです。目次はこんな感じです。
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男性向けだと思います。僕は個人事業をしているので良いと思いましたが、起業に興味のない人は必要ないと思います。難しい話を物語形式で紹介している本です。

お金持ちになりたい人には良い本だと思います。

今までの学歴神話をくつがえす内容です。僕のまわりでもよく聞く話ですが、自分の子供には公務員になることを勧める親がいますよね。あと良い大学でて良い企業に就職しなさいとか。

僕はなんとか高校卒業できたレベルだったので有名な大学とか、企業とかには入りたくても入れる状況ではなかったです。

投資の話なんかもでてきますが、僕はあまり投資には興味がないのですが、興味がないというか資金がないというか、でも理解はできました。資金がなくても投資はできるそうです。

この本はお金持ちになりたい人に読んでもらいたいですね。僕の兄弟にも勧めましたがめんどくさいから読まないって言われました。またもう一回言ってみようと思います。

このシリーズはたくさんあって、最近ではネットワークビジネス系のもあるようです。5冊くらい読みましたが、僕は投資やネットワークに興味がないので気に入ったのはこの本だけです。あとは、飾ってあるだけです。

起業に興味のある人にだけお勧めです。

学校の教育自体が間違っているっていう話とか、クワドランドといって働く人を4つに分類して詳しく説明している本です。

この本にでてくるお金持ちのお父さんと貧乏なお父さんは、実は両方お金持ちなんですね。僕的には両方尊敬できるお父さんだと思います。

金持ち父さんからのポジショントークで自分のやっている方がお金持ちなんですよって感じの話です。

治った時のことをイメージしてみる

10年後、対人恐怖も気にならなくなって、そんなに悩みもなく普通に生活している自分をイメージしてみるとどうでしょうか。今の辛さはもう過去の出来事になっていますよね。

対人恐怖を意識せずに楽しく仕事したり遊びに行ったりしているイメージです。

もし、学生時代が一番辛かったという人は、イメージの中で10年後の自分を想像して10年ぐらい会っていない同級生に「あの頃は辛かったんだよ。実は恐怖症だったんだ、迷惑かけてたんだったらごめん」って笑顔で軽いかんじで言えるでしょうか?

僕はイメージではなく実際にでも言えると思います。

多分、当時迷惑かけていたっぽい人に話しかけて当時のことを説明すると、「えー、そうだったんだ」とちょっとビックリはするかもしれませんが、全然気にしていないと思います。「それより、今なにしているの?」っていう会話になると思います。

お互い、10年間で色々あって成長もしているので、人はだれでも悩みをかかえているという事実を体験によって理解しているからです。人は誰でも周りに迷惑をかけながらでも、助けあいながら大人になっていくものだと理解できているからです。

当時、まわりを気にして膝をかかえて小さくなっていたのは、僕が勝手にしていたことで、まわりは、そんなことは関係なく普通に生活していただけだと思います。

当時の自分を10年後の自分が上からながめると、クラスのみんなは普通に生活しているのに、自分だけ小さくなっていることに気がつきます。

自分が勝手に小さくなって膝を抱えてしゃがんでいるだけで、「なにしてるの?」って声を掛けてあげたいくらいです。まわりの人と何もかわらないのに「なにしてるの?」って言いたいです。

自分の好きなようにすればって言いたいです。

例えば隣の席の人は、自分が人生の主人公ですから、好きなように生きています。見えるものは自分の視点でしか見えません。考えることは自分の頭の中だけでしかできません。全てが自分中心です。友達と会話したければ会話するし、ケンカしたければケンカするし、笑いたければ笑います。

だから、僕もそうすれば良かったんだと思います。

見たいものは見る、食べたいものは食べる。着たい服は着る。

あたりまえですよね。

人の視線が気になるんだったら見れば良いし、見たくなかったら見なければ良いし。

僕みたいに、学校をさぼってクラブだけでたかったらでれば良いと思います。もちろん犯罪はダメですが、やろうと思うことはやれば良いと思います。

もし幼稚園で20人くらいの子供が砂場やジャングルジムで楽しそうに遊んでいる時に、ひとりの子供だけが恥ずかしそうにして一人で遊んでいるのを見たら「この子、他の子と何も変わらないのに一人で何しているんだろう?」って思いますよね。

そういう感じだと思います。10年後の自分はそうなっているんです。治すとか治さないとかの問題ではなく、単純に考え方のクセなんです。

あなたなら、幼稚園で一人で遊んでいる子を見て何て声をかけますか。

意識してしまう時

コメント頂いた中にも多いですが、なぜか意識してしまうときありますよね。

意識していることが相手に解ってしまい「気持ち悪い」って思われているんじゃないかとか思いますよね。管理人だけ閲覧できるコメントにも多いです。僕が高校生のとき、これで苦しみました。

自分でわかっていてどうしようもないことって、一番つらいですよね。

意識していないそぶりをしてみたり、違うことに集中しているふりをしたりしていました。

それはそれで、しょうがないことなので良いのですが、意識してしまう相手って大体コミュニケーションとれていない相手の場合が多かったです。

本当は、友達になりたかったのに会話できていなかったと思います。今思えばもっと色々と会話したかったです。高校で同じクラスだったのに、住んでる場所もしらないし、休日に何している人かとか、両親は何してるのかとか全然知らずに卒業してそれっきりの人が多いです。

社会人になって連絡取り合っていたのは、同じクラブ(部活)の友人と中学校時代の友人くらいでした。

うわべだけで付き合っていた人達とは、社会人になると全く連絡しなくなりますよね。逆に社会人になってからの友人の方が長く付き合っていけたように思います。

付き合いが長くなる友人って、やっぱり話をいっぱいしてきた人が多いです。あと、なぜか気を使わずに話しできる人ですね。

何故か意識してしまう相手は、大体相手のことを何も知らないのに意識してしまいます。

多分、自分より上っていうか自分とは違うというかレベルが高いというか、そういう感覚だったと思います。本当は尊敬できる相手で自分に無いものを持っていて友達になりたかったんだと思います。ただ、会話できるタイミングとか考えて会話できなかったことで、少し攻撃的になってしまっていた相手もいます。

気になるときは、会話が足りないんだなと思います。

コメントにもありましたが、相手と同じ動きになってしまうっていう方もいました。僕もありました。多分見ないように見ないようにと努力することで、余計に見てしまうのだと思います。見たいときは見れば楽になるときもあります。

以前書きましたが、全然知らない人が隣に座って「全然知らない人だけど見ないようにしよう」と思って顔も見ていない相手に対して意識することもありました。思い切って見てみるとだらしのなさそうおっちゃんで「あっ、おっちゃんなんだ」と思った時から全然意識しなくなることもありました。

自分より上っていうか、レベルが上っていうか、そういう相手には特に意識がいくようです。自信のなさからきている部分もあると思いますし、自分の方が下でバカにされるんじゃないかって思うような相手の場合が多いように思います。

逆に言うと、自分が上の場合に下の相手を見下しているっていうことですね。

僕って性格悪かったんだなーと思います。でもしょうがないですよね。そう思うものは思うので。。。。

多分この部分が重要で、文章で説明するのが難しいのですが、自分が「相手を見下さない人」になることで、自分のことを「見下されて嫌われる」と考えないようになるのではないでしょうか。

自分から見て、下の人に対して尊重というか、その人の人生を少し理解できると見下さない自分になれるのかなって思います。

自分の価値観で相手のレベルを決めつけてしまう傾向があった思います。

疲れる時と疲れない時

一番最初の記事を読み返して思い出したのですが、僕がカウンセリングに行ったときのことです。指にセンサーみたいなをつけて緊張度を測っていただいて、たしかに緊張していてカウンセラーが着けたときはメーターが上がらず緊張していなかった時のことですが、続きがあります。

色々と話をして「このカウンセラーは話しやすいな」って思いました。何故か楽に会話できる相手っていますよね。そんな感じの人でした。

会話していくうちに、このメーター(緊張度を測るやつ)ってちゃんと合ってるんだろうかと思い少し疑っていたんだと思うんですが、「じゃーもう一回やってみる?」と言われてもう一回挑戦すると、針が全然あがらず、カウンセラーが測った時より少し上という程度でした。

「あれっ、でも私の針の位置よりは上ですね」とカウンセラーは少し戸惑っている様子でした。

結局、そういうことなんだと思います。あがったりさがったりして、多分カウンセラーの人も針があがることはあると思います。めったに無いのかもしれませんが。

僕の場合はしょっちゅうあがる状態で、常に緊張しているけど、何かがきっかけで気持ちが落ち着くときがあるんだと思います。

この場合では、相手に対してのイメージ(自分から見ての)に変化があったからだと思います。

「どんな人だろう」から「気楽に話できそう」だと思います。

「どんな人だろう」というのは人見知りと同じ状態で相手の様子をうかがっている状態で、「気楽に話できそう」というのは、「気を使わないでいい人だった」という答えがでたのだと思います。

今は、たとえどんな人だったとしても、そんなに気を使う必要はないといことに経験で理解しているので、当時のように針はあがらないと思いますが、結局自分の考えで勝手に想像して、勝手に緊張しているだけだったと思います。

相手に対して過大なイメージというか、自分の価値観で勝手に判断して、自分が作り出したイメージで緊張していたんだと思います。

ちょっとした切り替えだけ楽になっていたと思います。精神的に疲れる時と疲れない時の差というものは、自分自身が作り出しているだけで、周りは何も変わっていませんよね。

友達は作るものか?できるものか?

学生の頃、僕は友達が少なかったです。

最近でも妻に「昔は友達少なかったんだ」という話をすることがありましたが、「相手は友達と思ってくれているけど自分が友達だと思っていないだけなんじゃない」って言われます。

そう言えばそうかもって思います。

極端な話ですが、一回会話したら友達っていう感覚の人っていますよね。すぐに友達ができる人。僕はそういう感覚にはならないですが、一回話して「なんか気が合いそう」っていう感じの時はあります。

友達が多い少ないって、そもそも「友達」の基準が人それぞれなので、よくわからないですよね。

もしかすると、僕の中では友達の基準が、世間で言う親友にあたるのかなーって思います。

だとすると、友達がほとんどいないのではなくて、友達は普通にいるけど親友はほとんどいないって感じなんですかね。

多分、コミュニケーションが普通にとれる相手って友達になれる相手なんだと思います。コミュニケーションがとれない相手でもいずれ友達にはなれる相手は多いと思います。ただ、対人恐怖症が原因で友達になれなかった相手も多いと思います。

今思うと、自分が対人恐怖症ではなかったらすごく良い友達に成れてただろうなーっていう人はいっぱい思い浮かびます。ちょっともったいなかったですし、もっと楽しい会話もいっぱいできただろうなーって思います。

でも、当時無理やり友達に成ろうとか、疲れるけど我慢して会話しようとか考えてコミュニケーションをとっていても空回りしていただろうと思います。

僕にとって当時は友達は必要でしたがあまりできませんでした。逆に今は特に友達を作ろうと思わなくてもできます。

多分、友達の価値観が変わったというか、友達の基準が下がったのだと思います。物凄く仲が良くならないと「友達」として捉えていなかったのだ思います。

友達を作ろうとしなくなったことで、友達の枠が大きくなってゆるくなったように思います。この方が楽ですね。特に友達を増やそうと思っていた時期は、ちょっとしたことで勝手に傷ついたりしていました。

ちょっとしたことに敏感になって、過剰に反応して反省したりしてたんだと思います。

結局、コミュニケーションは大切ですが友達を作ろうとしている時は友達ができず、友達を作ろうとしない時の方が友達ができるのだろうと思います。

結婚相手の選び方

僕は2回目の結婚で上手くいきました。

今はすごく気が合うしなんでも話しできていています。お互いに考えていることがわかるので行動を見ているだけで楽しいです。

1回目の結婚のときは20歳くらいで友達も少なくて精神的にまいっている状態でした。気を使わない相手だったので「なんとなく気が合う」と思って結婚しましたが失敗しました。相手の本質を見ることができていなかったんだと思います。

僕の場合ですが、「なんとなく楽」っていうだけで結婚してあとあと苦労しました。自分が悪かったというのもありますが、簡単に考えすぎていたんだと思います。

対人恐怖症だと、なんとなく気が合うというだけで恋愛したりすることがあるんだと思います。それはそれでいいと思いますが、結婚ってなるともう少し踏み込んで相手を見ていく必要はあると思います。例えば自分の悩みを理解できる相手か、相手の悩みを自分が理解できるかなども考えるほうが良いと思います。

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