対人恐怖症が治りました

ひきこもり、社会不安障害(SAD)の方にも、お役に立てると思います。

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親を選べない

「親を選べない」という言葉を以前よく耳にした記憶があります。こんな親の子供に生まれたくなかったとか、自分の親がこんな感じだったら僕も対人恐怖症になっていなかっただろうしとか、この親の子供に生まれたせいで自分はこんなに苦しんでいるんだとか思うこともあると思います。そういう時に「親を選ぶことはできないからしょうがない」という表現をしたりします。

テレビかなにかで聞いた話ですが、こんな説もあるようです。もともと前世とかは現実離れしているので興味がなかったのですが、この話は納得できました。

それは、実は自分が生まれてくる時に親を選んでいるという話です。僕の場合は貧乏な家庭をわざわざ選んで生まれてきたことになります。実は前世は大金持ちでお金さえあれば何でもできるという世界にいたのかもしれません。そして、ほしい物は何でも手に入り、毎日美味しい食事をして、仕事なんてしなくてもやっていけて、毎日がバカンスのような生活をしていたのかもしれません。そして、ある時、自分は何の苦労もしていない人間ということに気が付き、苦労している人に魅力を感じるようになったのかもしれません。そこで、今の母親が苦労している光景を見て、自分がここの子供になれば、僕自身は苦労を乗り越えて人の痛みの分かる人間になれるし、母親を楽させてやることができると考え、あえて苦労する親を選んだのではないかと思います。今はまだ、母親を楽させてあげるという目標は達成していませんがいずれそうなると思います。

こうやって、人は親を選んで生まれてくるのですが、生まれてきたときにそのことを忘れているのだそうです。ですので、今の苦しみは自分が選んだ道なのかなーと考えたりします。苦しい道をわざわざ選ぶにはやはり理由があり、それを乗り越えたところに本物の幸せがあるということを前世の自分は知っているのかなーと思います。
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ちいさな事にくよくよしろ

「ちいさなことにくよくよするな」という本に反論しているわけではありません。

この本とは全く関係の無い記事ですが、対人恐怖症の人は、よく悩みます。何を悩むかというと、その日にあった出来事を繰り返し思い出して、後悔したりしていると思います。その後悔している場面が多くて、何で悩んでいるのか自分でよく分からなくなるくらいに、複数のことで悩んでいると思います。

例えば、「この人と会話している時もっと明るく話しすればよかった」とか「あの人が話しかけてきたときにもっと笑顔をだしていれば。。。」とか「先生に対して態度悪かったかなー」とか、人それぞれですが色々と反省していると思います。たしかにこういう場面の場合はくよくよしてもしょうがないことなので「ちいさいことにくよくよするな」という言葉あてはまると思います。

しかし、こんな場合はどうでしょうか。(フィクションです)

学校で、友達に消しゴムを借りた時の話しですが、使い終わって返す時に、単純に「ありがとう」と言って手渡しすれば良いのに、「ニコニコして返さないといけない」とか「ありがとう」と言うのが恥ずかしいとか、返す時の周りの反応が気になるとか考えて、忘れている振りをして、相手からの「あれっ、消しゴムは?」という言葉が来るまで待つことにしました。結局、一時間後に相手が「あれっ、消しゴムは?」と言ってきたので「あっ、忘れてた」と言って返すことができました。

こういう出来事があった日は家に帰ってからクヨクヨと「あの時なんですぐにありがとうと言って返さなかったのだろう」とか「一時間も経ってから返して、気分悪くしていないかなー」とか考えて悩みます。

この場合はくよくよと悩むのは正解で、相手の「消しゴムを貸してあげる」という好意に対して感謝の気持ちで「ありがとう」と答えるのは最低限の常識の範囲だと思います。いくら対人恐怖症だとしても、最低限度の常識の範囲のことに対しては、自分のことばかり考えるのではなく、相手に答えるということは大切だと思います。その他にも「こんにちは」とあいさつされても返事しなかったりすることもあると思います。この場合も同じで、くよくよと悩むべきです。

くよくよと悩んで、解決できる問題だからです。くよくよ悩んで単純に「ありがとう」と言うべきだったと分かれば、次からはそうするようにすれば良いと思います。僕自身が、人から話しかけられた時に返事しなかった(できなかった)時期があったので、エラそうに書くことはできませんが、今はそう思います。

それに、こういったちいさなことの中に幸せというか、楽しさというか、生きがいというか、、、、どう表現して良いか分かりませんが、ちいさいことこそクヨクヨと悩むだけの価値があると思います。

勘違いしてほしくないのは、視線恐怖症の場合で言うと、視線が気になったときのことや赤面症の場合で赤面した時のことをクヨクヨと悩むのが正解と言っているわけではありません。この場合はまた違う問題なので、クヨクヨと悩む価値はないと思います。

愛情のこもったコミニュケーション

お正月なんかは特に見かけることが多いですよね。おばあちゃんと孫の会話。先日も見かけましたが、見ているだけで穏やかな気分になります。おばあちゃんが、孫の話を聞くときに孫の身長に合わせて少しかがんで顔を近づけてニコニコと会話していました。

子供が一所懸命話をしていて、おばあちゃんは「うん、うん、そうか、そうか」みたいな感じでした。このおばあちゃんは本当に孫を可愛がっているんだなーと感じました。僕も小さい頃はこんな風に可愛がられていたんだなーと思いました。

このおばあちゃんは、ものすごい愛情で孫とコミニュケーションをとっているのだと思います。もし、このおばあちゃんと同じくらいの愛情で苦手な人とコミニュケーションをとることが出来れば緊張したり、顔が引きつったりすることはありえないと思います。

普通の人(健康な人)が会話する時は、自分のことを50%相手のことを50%考えて会話すると思います。しかし、対人恐怖症の人は自分のこと90%(どう思われるかなど)相手のこと10%考えて会話するのだと思います。

会話している相手(孫)に何も求めないおばあちゃんは100%孫のことを考えて会話しているのだろうと思います。これは、とてもステキなことだと思います。子供を育てている母親の人は実感されていると思います。

僕の場合はペットに愛情を注いでいます。100%かどうかはわかりませんが、ペットの犬に話しかけたりする時が多いので相当可愛がっています。まー、犬の話はおいといて、、、、、。

今まで色々な人に出会いましたが、たまに愛情を感じる話し方の人に出会います。そういう人は信用できるし、仲良くなりやすいし、話しかけやすい人が多いです。

おばあちゃんと孫の会話は極端な例ですが、何か学ぶものがありそうなので記事にしました。

悩む価値のない悩み事

僕の記事が役に立っているのかどうかわかりませんが、最近ログインできるようになり、記事を更新できるようになったので少し記事を書いていこうと思います。

僕は視線恐怖症で悩んでいるとき、悩みまくっていました。一日一日なんとか過ごせたけど、自分が納得できるような日は全くなかったと思います。高校生の時はどうせ学校に行っても視線が気なるだけで特に仲の良い友達もいないし楽しくないし周りに迷惑掛けるだけだしなど色々と考えて休む日もありました。

毎日、寝る前は今日の反省というか、悩んでいました。明日も今日と同じだろうなーとか、どうして視線が気になるんだろうとか、周りの人は楽しくやってるのに自分は・・・・・・。

今思うと、視線が気ならないようにしたい、皆と楽しくしたいのにとか考えて悩むのは無駄だったと思います。例え徹夜して朝まで悩んだとしてもすぐに解決するような問題ではないからです。でも悩んでしまいますよね。対人恐怖症の人が一度は必ず通る道だと思います。そして、一番辛い時期です。悩んでも解決しない問題を延々と悩み続けるということを繰り返していたと思います。

どうして無駄なのかというと、悩んでいる内容が間違っているからだと思います。例えば、視線が気にならないようにしようとか、もっと明るい性格になろうとか考えて悩むのが間違っていると思います。もちろん普通はそう考えて悩みますし、それが自然な流れだと思います。しかし、単純に「治そう、治そう」と努力すると逆効果になります。

僕の経験からいうと、逆効果になるパターンは例えば、視線が気なっていない振りをしよう、無理に明るく振舞おう、いつもニコニコしていようなどと考えると逆効果になりました。一番辛い時期にこういった行動をとるのはあまりお勧めできません。少し良くなってくるとこういう行動をとっても逆効果にならず良い方向に行く場合もあると思います。健康な人は「ニコニコしていよう」と考えてニコニコしていても何も問題ないのですが、対人恐怖症の人が一番辛い時期にニコニコしていようと努力するのはよくないと思います。

少し難しい部分もあるかもしれませんが、「どうやったら治るのか?」などと考えて、治そう治そうと努力すよりも「視線が気になるのはしょうがないこと」「気になりながらでも出来る限りのことをしよう」「愛情をもって会話しよう」などと考えるほうが良いと思います。

どうせ悩むのなら「どうやったら愛情をもって会話できるのか」を悩む方が良いと思います。視線が気になるからどうしようと無駄に悩むのではなくて、愛情ってなんだろう?どうやってたら気持ちのこもった会話ができるのだろう?と考える方が良いと思います。

どうしても、視線が気なったときのことを思い出して反省したり、赤面したり顔が引きつったり手が震えた時のことを考えて悩んでしまいますが、悩む価値のない悩み事というのことを理解して、少し気持ちを切り替えて愛情をもって会話する方法を考えると良いと思います。

僕の場合は自分ひとりが特殊な悩みにとらわれていると感じていました。皆が自分の悪口を言っていると感じた時期もあります。しかし僕を含めて世の中に完璧な人はどこにもいません。誰もが何か問題を抱えていて、問題を抱えながら悩みながら生活をしています。それぞれに自分の問題を抱えているのに他人の悪口ばかり言っている暇はないですし、常に他人のことばかりを考えている人はいないと思います。

ですので、多少迷惑を掛けるときもあるかもしれませんが、その部分で深く悩むのではなく、今の自分より少し成長しようと考える方が良いと思います。

身近にいる人を大切にしよう

症状が出たときなどは、そのことについて延々と悩んだりします。どうして学校で友達と気軽に話しできないのだろうとか、会社の先輩とコミニュケーションが上手くとれないのだろうとか考えたりします。

色々と悩んでいるせいで、一番大切な身近な人(例えば親、兄弟、妻、夫)とコミュニケションをとらなくなったりします。本当は悩んでいるときこそ、身近な人とコミニュケーションをとることが大切だったりすると思います。

以前にも書きましたが、自分を写し出してくれる鏡は必要だと思います。鏡の意味がよく分からないという人も居ると思いますが、自分の長所、短所は自分では見つけにくいもので、自分の長所短所を見つける方法は他人に聞くのが一番早いです。以前にも書きましたが、世の中に鏡がなかった場合に自分の寝癖に気がつく人はあまりいないと思います。それを教えてくれる存在が自分の鏡になってくれる親や兄弟や友人などだと思います。

分かりやすいように寝癖に例えましたが、本当はもっと精神的な部分のことで、長所や短所などのことです。

身近な人に鏡になってもらう為に、マイナス面だと感じている部分を隠さずに会話してみたりすることが大切だと思います。

学校や会社の人には、どうにかして仲良くなりたいと必死で考えますが、自分の身近な人に対して、あえて会話しなくても理解してくれていると錯覚しがちです。しかし、いくら身近な人だからといっても、本当の自分を隠しながら会話している状態では、理解するのは難しいですし、逆に何も理解してもらえていなかったり、自分も相手のことを全く理解できていなかったりすると思います。

悩み事を打ちあける方が良いと思いますが、出来ない人もいると思います。それはそれで良いのですが、できれば少し会話を増やしていく方が良いと思います。

就職するときなどは、面接で自分の長所、短所を聞かれることも多いと思います。今すぐにとは言いませんが、できるだけ早く自分の長所短所を理解しておくと良いと思います。そのためには、誰かに指摘してもらうのが一番正確だと思います。ちなみに僕の長所は負けん気が強い、図太い、やさしいなどで短所は優柔不断、適当なところなどです。

誰も指摘してくれる人が居ない場合でも、長所短所を見つける方法はあります。多分、対人恐怖症の人は自分の短所を見つけるのは簡単だと思いますが、長所はなんとなく照れくさいしあまり考えないのですぐに出てこないのではないでしょうか。僕はそうでした。

自分の長所が発見できずに、短所ばかり発見した人は、その短所の反対の意味を考えるとわりと楽に長所を発見できます。例えば、僕の場合短所は「適当なところ」ですが、反対の意味を考えてみると、細かいことは気にしないというのが長所になります。こうやって自分の長所を簡単に発見できる方法もありますが、できれば鏡になってくれる人から指摘してもらう方が良いと思います。

ですので身近な人を大切にして、自分を理解してもらい、そして、自分も相手を理解し、相手の鏡になってあげることができれば、もっと良い人生になると思います。こんな事を書いている僕自身も、反省する部分は沢山あるので今日から実行していこうと思います。

対人恐怖症と仕事

社会不安障害や対人恐怖症の人は仕事に集中できずに転職を繰り返すパターンが多いです。もちろん僕もそうです。仕事を変えるたびに「次の就職先ではもっと頑張ろう」という思いでいっぱいです。僕の場合は飽き性なので、対人恐怖症ではなかったとしても転職を繰り返していたかもしれません。

転職するたびに自分がダメになっていくような気分になることもあると思います。どうせ転職してもダメだと決め付けてしまうこともあると思います。どんなに努力しても上手くいかずに落ち込み何もかもが嫌になり投げやりになることもあると思います。

そんな時はどうすれば良いのか?僕にもよく分かりませんが、何かの手がかりを見つけるきっかけを探すことができるように、このカテゴリーで記事を書いていこうと思います。

こんな記事を発見しました。高橋がなりさんのブログです。

転職が先か対人恐怖症を治すのが先か

社会不安障害や対人恐怖症の人で仕事をしている人は、多分同じようなことを考えているのではないでしょうか。例えば、「人間関係が上手くいかないので転職して一から新しい職場で人間関係をやり直したいが対人恐怖症なので次の職場にいっても同じ状況になる。それなら対人恐怖症を治してから転職しないと意味がないので、転職よりも先に恐怖症を治したい。でも、すぐに治るものでもないからとりあえず転職しよう」などと考えると思います。

これは、1人で考え込んでもなかなか解決できる問題ではないので誰かに相談するのが良いと思いますが、相談するにも相談しにくい内容ですし、対人恐怖症に関して理解ある人を探すのにも時間はかかりますので、僕が勝手に相談相手になったつもりで書いていこうと思います。役にたつかどうかわからないので、まず、カウンセリングや心療内科などに行ってみるのも一つの方法だと思います。

人それぞれ考え方があると思います。
A、先に転職する。
B、先に対人恐怖症を治す。
C、転職をせずに、対人恐怖症を治す。
D、対人恐怖症を治しながら転職する。
E、転職しながら対人恐怖症を治す。
F、治さない、転職もしない。
G、転職するが、治さない。

結論から言うと、僕の考え方はEの「転職しながら対人恐怖症を治す。」です。基本的な考え方はGの「転職するが、治さない。」です。このへんの考え方は少しややこしくなりますが、「治さない」という意識をもてるようになった人は既に良くなっている状態なのでこのサイトの記事を読んでいる人は少ないと思います。ですので僕の考え方は「転職しながら対人恐怖症を治す。」です。

あと、転職はあまり良くないというような記事も書いているので矛盾している部分がありますが、そのへんも詳しく書いていこうと思います。

僕の人生とあなたの人生

恐怖症が原因で仕事が上手くいかずに転職を考える時はあると思います。僕は何回か転職しました。対人恐怖症の先輩としてこの記事を読んでいる人に理解しておいてほしいことがあります。それは、対人恐怖症の人の人生は経済的に苦しい時期が長く続く場合が多いということです。

現在学生の人は、仕事や就職先を考えることはあると思いますが、この先自分の人生がどうなっていくのかまでは、なかなか想像しにくいと思います。ですので、仕事面での僕の人生を書いていこうと思います。特に男性の方で僕と同じような人生になるかもしれないと思った人は、今のうちにやっておくべきことが発見できると思います。

僕は、高校を卒業して就職しました。もともとのお給料は少ない方だったのですが、一年おきに昇給して少し月給が上がり、ボーナスも少し増えました。しかし人付き合いが苦痛で3年間勤めた会社を辞めました。

そして、新しい会社に面接に行き、就職しました。前の会社と同じ業種で興味のある仕事でした。もちろん新しい環境で一からスタートということもあり張り切っていましたので、ある程度仕事もできるようになり、お給料も少しづつ上がっていきボーナスも少しづつ上がっていました。この会社も約3年で辞めました。

もう、分かりますよね。僕の人生は会社を変えるたびに、一からのスタートです。それが良いとか悪いとかではありませんが、経済的に苦しくなるような道を自分自身で選んでいます。しかも少しづつ年を取りますから、新しい会社に行く度に、先輩が自分より年下になる確率が高くなっていきます。なので、年下に敬語を使って会話しないといけない状況になります。そういう状況を気にしない性格ならいいのですが、年を重ねるにつれ、気にしないではいられなくなります。

僕は年下の先輩とかに注意されると、プライドを傷つけられた気がしてイラッとすることも多かったです。これでは人間関係も上手くいきません。プライドを捨てて、年下に偉そうにされる状況も覚悟しなけばならいと思います。そういうときにもできるだけ気分よく過ごせるような考え方に切り替える必要はありそうです。

健康な人は、それなりに上手くやっていきますので、自然に給料は増えていきますが、僕のように転職を繰り返すと、何歳になっても給料は初任給程度です。年を重ねるとどうしてもそれなりの給料が必要になってきます。例えば結婚して子供ができれば、結婚式の費用や子供の服などにもお金が掛かりますし、友人が結婚したり、家を建てときなどにもお金が必要になってきます。

ですので、僕の人生を参考にすることで、今のうちにできることを発見してほしいです。

例えば、学生の人なら、車の免許くらいは学生のうちに取得しておいたほうが良いと思いますし、何か興味のある分野の国家試験なども良いと思います。今考えている将来の職業と全然違う方面の職種に就く場合もあるので、興味のない資格でも良いと思います。パソコンなんかはどんな仕事にも使いますから、ワードやエクセルなどをしっかり勉強するだけでも全然違うと思います。最近では小学生でもパソコンを習うようなので逆にパソコンができて当たり前になってきているのだと思います。

僕が言いたいのは、悩みながらでも今出来ることを探して努力しておいた方が、今後何かの役にたつということです。

逃げ道は確保しよう

転職を何回かすると、友人や親に「転職ばっかりして、もっとしっかりしなさい」などと、まるでダメ人間のような言い方をされたりします。家にこもりっぱなしで、仕事も探さないでいる人も、「ちゃんとしてよ、はやく仕事探したら」などと言われることもあると思います。それは確かにそうですよね。健康な人なら簡単なことです。

しかし、対人恐怖症の人はどうでしょうか。そう簡単にいかない場合もあると思います。もちろん、人付き合いが苦しくても我慢して会社に行って頑張る方が良いと思いますが、どうしても難しい場合もあると思います。「対人恐怖症だから・・・・」という理由で就職しなかったり、退職したりするより、それを乗り越えるために努力する方が良いに決まっています。でも、どうしても無理な場合は自分を追い詰めるのではなく、逃げ道を確保しておくのも一つの手段だと思います。転職はダメ。就職しないのはダメ。でも人付き合いがどうしても上手くいかない。それでも就職しないとダメ。退職はダメ。などと色々な葛藤の中で自分で自分を追い詰める時期もあると思います。しかし、どうしようもない時期は誰にでもあると思います。そういう時の最終手段は逃げることです。この場合では、それが「転職」にあたります。

転職という道を選んだ人は、それをプラスに考えることもできます。転職することで一からの人付き合いになりますが、転職をきっかけに全て上手くいく人はなかなかいないと思います。しかし、今までの経験で自分の考え方のクセなどを少し理解できるようになっていることもあります。ですので、全てが今までと同じように苦しくなるとは限りません。今までより少し楽に過ごすことができることはあると思います。

僕は転職を勧めているのではなく、出来る限り「悩みながらでも乗り越える」ということをした方が良いと思いますが、どうしても無理な場合で転職を選んだ場合の考え方を書いているだけです。

転職=マイナスと考えるより、転職=プラスと考える方が良いと思います。

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